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04 逃亡
廊下に朝日が射し込む頃、目の前の扉はやっと開いた。
床を見つめていると、兄の足先が見えた。導かれるように視線を上げると、陶器のように冷たい兄の顔がこちらを見下ろしている。
「兄さん……」
涙も声も涸れていた。渇いた涙の痕がひりつく。
「周は……」
掠れた声で問い掛けても、兄は何も答えない。
出し切ったと思った涙が、喉の奥からまた込み上げてきそうになる。
「ねぇ……その血なに?」
兄のズボンには、ところどころ焦げ茶色に変色した血が染みついている。
「誰の?」
声が震えた。
それは周のものなのか、兄が暴力を振るって流させた血なのか、ほとんど答えなど分かっているのに、俺は信じたくなかった。
そうじゃないと言ってほしかった。
そうでなければ声を張り上げ、どうしてなのか問い詰めて、責めなければならない。
しかし、兄は俺を一瞥しただけで、何も言わずに洗面所の方へ歩いていく。
何も答えてくれなかった。何も。
怒りとも悲しみともつかない感情で、涙が流れた。耐えようと思ったのに、喉元まで熱い塊が押し寄せてきて堪え切れなかった。熱い雫が、何度も頬を撫でていった。
木目に落ちる涙を見つめ、強く目を閉じてから手のひらを握り締める。
ふらふらと立ち上がり、部屋の中へ足を踏み入れると、異臭がした。アンモニアと、精液と、血のにおい。これが現実なのか、もうよく分からない。
床に転がっている周は傷つけられ、血だらけだった。
「あ……あまね……周」
コンセントか何か、鞭のように使えるもので打たれたのか、背中にも腕にも太腿にも線のような傷がある。酷いものはそこから血が出ており、蚯蚓腫れになっているところもあった。
尻は穴は周りが赤くなっており、何か太いものを入れられたのか、大きくぱっくりと口を開いて閉まらなくなっている。
「周、しっかりして」
肩を揺するが、周はかくかくと揺れるだけで返事をしてくれない。
「周、ごめんね……ごめんなさい」
「う……」
ぼろぼろの体を抱き締めて呟くと、周の体がぴくりと動いた。
「ん、んん……」
周が苦し気に呻き、腰を庇うように丸まる。
「待って、周、じっとして」
どこか痛むのかと脚を押さえて覗いてみると、周の性器が紐で縛ってあり、赤黒く鬱血していた。
驚いて触れると、周は力なく首を振る。
きつく縛られていた紐を解いてやると、先端からとろりと白い粘液が垂れてきた。
周はすすり泣きながらそれを吐き出し、時折足を引き攣らせた。
──違う。こんなの違う。
周にこんなことをしたのは兄じゃない。兄じゃないと信じたい。ここには兄ではない恐ろしいものがいて、それが周を苦しめているのだと。
兄じゃない。今のあの怪物は兄、なんかじゃない。
──逃げなくては。
恐ろしいものから逃げるのだと言い聞かせながら、それが兄に対する裏切りだと知っているから、涙が出た。
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