レール卿が闇商人として君臨するまで

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09ジャイアンツランドへの出発(文字数3144)  ジャイアンツランドへの出立は、一週間後となる。  ジャイアンツランドは、山と山の間に挟まれた町で、山の上に砦がある。魔王軍の領域は左程遠くはなく、近くもない。援軍の為によく戦場へと出兵するようだが、物資が足りない訳がない。我がキャラバン連合の交易ルートだからだ。ここはルートを担当するベラ商会と話し合う必要があるだろう。  私の事務室に代表のベラを呼びつけた。彼女は醜い女だが、よく人の話しを聞き、いつでも冷静に物事を見、愚痴も少ない立派な淑女である。元々彼女は、醜さ故に奴隷として売りに飛ばされ、とあるキャラバンに買われていた。私が人に言えないような卑怯な手を使い、キャラバンごと彼女を買取った事が彼女との出会いのきっかけだ。  生きとし生ける者は皆兄妹であると神の従者たちは説くが、きっと彼女の半生を知れば、ただの理想や戯言の類だということが分かるだろう。彼女が受けてきた仕打ちは、世界中の生物が滅んでも償いきる事のないものだ。  しかし、彼女には商才が確かにある。なぜなら、彼女は、こうして私の側で働くことを選択したからだ。 「お呼びですか? 若旦那。」 「えぇ、城へと出向きました。ジャイアンツランドへの物資が足りないとのことで、我々が交易をおこなうように仰せつかりました。」 ベラは少し考えたのちに応えた。 「確かにジャイアンツランドは、物資が足りないように思えます。多少、額を引き上げても、食料を中心に民は買おうと買おうと群がってきます。しかし国からの支給が足りないとは思えません。町民たちはなぜか飢えているのです。」 私は、彼女が出した資料にざっと目を通す。確かに、町の規模、援軍の為に出兵が多いにしてもこれだけの支援が足りないとは思えない。 「うーむ、裏がありそうだな。ベラ、ここは少し調べる必要がありそうです。私から偵察を仕向けましょう。」 「はい。」ベラは軽くお辞儀した。 「それはそうとベラ、商いの方はやらねばらない。君の貿易ルートで商いをする事を許してほしい。」 「それは構いません。」 「名前をナモスキャラバンとし、食糧を極力安く販売する。貴方のキャラバンを使わせていただきたい。ですからナモスキャラバンの利益はベラ、貴方がもらって構いませんよ。」 ベラは、再びお辞儀した。王国からの依頼は最優先だ。そのことはキャラバン隊の連中にも伝えている。  かつてはこの様な王国の依頼に反発する者もいたがこの4年の間にそれもなくなった。私は彼らよりも儲けがある為、臨機応変にその保証が出来る。どんな些細な不満も私は見逃さず、結果よいものにならなくても心身に対応していった。それが功を成した。重要なのはゼロでない事で、保証をきちりとこなすことで彼らは私の無茶な命令にも応えてくれるようになった。  キャラバン連合のシステムの確立で充分に利益が生まれる為にこの財を成す為の苦労はしていない。この4年間、私が育んできたのはキャラバン連合内の信用なのだ。 「ありがとうございます。貴方の判断を疑うことはありまん。」 私は彼女に退室を促したが、思いとどまり彼女を止める。 「他に何か?」 「あぁ、憲兵による護衛が付くことになる。うまくいけば、暇なナモス隊は私たちの日々の商いにも護衛に協力してくれる様になるかもしれない。今回の王国からの依頼、それが一番の報酬です。」 ここで掴んだナモス将軍とのコネクションは今後も大いに役立てるだろう。どうせ奴らは暇なのだ。ここで彼の顔を立てておけば、今後、我々のキャラバンへの護衛が頼みやすくなるだろう。これで多少の護衛の費用が浮く。 「若旦那、それは良い知らせです。他のキャラバン隊の士気も上がる事でしょう。」 「あぁ、そうですね。」  出立当日、六台の荷馬車に三十人の憲兵が合流した。これから向かうは無論ジャイアンツランドだ。ジャイアンツランドの情勢が気になり私が同行することにした。  しかし、流石はナモス兵といったところか。ガンドルス兵は、猛進猪突、脳みそ筋肉というような、筋肉団子のむさ苦しい集団だ。兵としては完璧に近い。  それに比べ、ナモス兵は訓練もまともに行っていないようで体も小さい。仕事に対する態度も酷い物で私語が多く、それも女や酒の話しと言った気品に欠ける。  ナモスの部隊に配属される前に王国で訓練が行われる分、そこらへんの用心棒より頼もしい……とはいえ、どこか拍子抜けというか、頼りないというか。 「なっておりませんな。」 「あぁ、もしかすれば、私のキャラバン隊の方が強いかもしれない。」 しかしそれよりも酷いのはジャイアンツランド砦の偵察報告だった。ジャイアンツランド砦は、ガットン憲兵長の指揮下にあり、彼らは出兵を名目に領民から税を独断で多く徴収しているらしい。  実際出兵はするものの、戦場での活躍は芳しくなく、行くだけ行って、たいした働きは見せず何かと理由をつけて撤退してしまう。  砦内では、食糧も水も毎晩パーティをしているかのように消費しているようだ。  私は出発前に、アランに指示をし、別のキャラバン隊を手配していた。アラン率いるキャラバン隊は今、ベラのキャラバン隊を追尾しながらゆっくりと前進している。 「ベラ、私はジャイアンツランドについたら砦の方へと出向きます。状況によってはここに在る物資は、無駄になるかもしれません。」 「はい。分かりました。」  ジャイアンツランドにたどり着いた。町を取り囲む外壁は立派な物で、その砦もまた同じく立派だった。ただ、町民たちの服は見るからに質素で、憲兵団を連れている私達を敵意溢れる目で睨み付けてくる。 「やはり、町民たちの恨みは相当なものですね。」 ナモス兵たちは、町民たちの威嚇に怯えている様だった。 「レール卿、大丈夫ですかね。こんなところで。」と一人の憲兵が頼りなく尋ねる。 「大丈夫でしょう。いざとなればガットン憲兵長の兵が助けてくれるでしょう?」 すると、ナモス兵たちは困惑した表情で互いの顔を見合っている。察するに、ガットンとナモスは仲が悪いのかもしれない。それも兵が知るところにまで顕著に仲が悪いのだろう。 「さっさと仕事を終わらせましょう。」 ナモス兵隊長リッカーがそういったが、なるほど、私の察するところは事実のようだ。 「そうはいきません。まずはガットン憲兵長に挨拶しに行かねばなりません。ナモスのキャラバンと名乗っていますからね。」 「法で交易は自由を保障されていますが、ガットン憲兵長はあまりナモス将軍をよく思われておりません。何かと邪魔をされるかもしれない。一キャラバンとしてきて商売をして、去っていく。それでよいではありませんか。わざわざ挨拶をする事なんてありませんよ。」 憲兵たちは、あくまで護衛付キャラバンとして振る舞い、さっさと事を終わらせたかったようだ。ライトベル王国憲法では商売の自由を保障されている。ガットンがとやかく私達の商いに口を出すことはできないだろうが、どうもひっかかる。 「ベラ、荷物を広げてください。物資は、なるべく高値で売るのです。町民が買えない程うんと値段を吊り上げなさい。」 「分かりました。」 「それでは売れないでしょう? 折角安値で販売すると広報をだしたのに!」と慌ててリッカーが口をはさむ。だがこれでよい。 「これが商いの仕方です。口を挟まないでいただきたい。そしてリッカー殿、少しよろしいですか?」 「な、なんでしょうか。」 「貴方には特別な仕事をお願いしたいのです。これは私から貴方に対する依頼ですからもちろん、報酬は弾みますよ。」
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