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10王国の膿(文字数2621)
まもなく商いが始まった。兵士たちの呼びかけに町民たちが集まるが、悍ましい程の金額で売られる食材に見向きはするも誰も手に取ろうとしない。中には安く売ると言われたのにと憤る町民もいる。その度、護衛の憲兵がなだめていた。
「ナモス兵でよかったかもしれませんね。ガンドルスの兵なら喧嘩に発展していたかもしれません。しかし、それだけではないようです。」
「えぇ、私が商いに来るときは皆普通ですが、やはり憲兵たちの姿を見ると警戒しているようです。」
「そうですね。ところでベラ、この町民たちのリーダーは誰だか分かりますか?」
ベラは、少し考えた後に小さく、一人の女を指さした。
「確か、彼女です。元は彼女の夫が町民たちを取り仕切っておりましたが戦争で死に、彼女が代わりにリーダーをやっています。名前はデスラ。夜になると酒場を運営しています。」
ベラが開いた商店は、何一つ売ることが出来ずに終わった。リッカーは怒っていたが、そんなことはどうでもよい。
王国側の目的は、国民に食糧が行き渡るように手配し、不満を無くすことにあるのだ。私達だって、本当に一つも品を売らずにここを去るわけがない。
ただ、今はその時ではない。
砦の内部はまぁ豪勢で、偵察の話しの通り、内部の物資は余るほどにある。
私がキャラバン連合のレールであると言えば、すんなりと門を通してくれた。そして憲兵長室へと案内されているが、持ち運びの為、食糧の倉庫の扉が開きっぱなしで、兵が出たり入ったりしていた。
規模にしてはたくさんの食糧がそこにある。やはり、この町は物資が足りていない訳ではない。
「レール卿、よくぞいらっしゃいました。どうぞどうぞ、奥へ。」
私を出迎えたのは、兵というよりも執事だった。体のつくりの具合を見るに、兵でない事はすぐにわかる。どうやら、執事を雇う金もここにはある。悪代官とはまさにガットン憲兵長の事だ。
「ガットン様はこちらにいらっしゃいます。」
ほらみろ。兵であれば憲兵長と呼ぶ所を“様”付ときた。これはいよいよ極まった。
ガットンは部屋の大きな机の向こう側にデンと座りこみ、ライトベル王に負けない程の威厳を醸し出している。いや、作ろうとしている。
だが、内情を知ってしまった私には、裸の王様にしか見えない。背負っている大きな斧は、いつでも戦いに挑めるという兵士の習いの為にあるというよりか、外部の者に自身の優位を示さんとしているものだ。なんと無礼で傲慢な男か。
「これはレール卿。お噂はかねがね。キャラバン連合の商人がわが町で商いをしてくれるおかげで、助かっておりますぞ。」
我が町ときたか。
「いえいえ、こちらも商売でやっておるだけの事です。なんてことはありません。本日は、王国からの依頼で、改めて商いをさせていただいております。」
ガットンの眉がピクリと動く。
「ナモス将軍の兵が護衛についていると聞きましたがね。どうです? 使えますか? あのデグの棒たちは。」
「えぇ、役立ってくれていますよ。憲兵団の旗を掲げていてくれるだけで、盗賊たちへの牽制になりますから。それはそうと、こちらの砦には物資は食糧の他に足りていますか? 足りなければ民だけではなくこちらの憲兵団の方々も是非、我等をごひいきに。」
ガットンはいやいやと言いながらクビを横に振った。
「ご覧のとおり。民たちの納税のおかげで我等は何不自由なく暮らせております。おかげでいつ、また援軍に駆り出されても万全なる戦いができるわけですよ。」
彼は、納税という形で自身を正当化している。
部屋に飾るいくつかの野獣たちの剥製。このむさい趣味の数々は本当に必要だろうか。税の私用、これはどうにかせねばなるまい。
「それは結構。しかし、もっと良い武器が欲しくはないですか? 私の目が曇っていなければ、ここの兵の方々は貴方も含め、誇りある戦いをなさると。でしたら、いかがでしょうか。良い剣や斧が入ったらこちらに流しましょう。」
「それは、ありがたい。」
「ただ、商いですので、そこだけ了承していただければ。」
ガットンは大きくそして下品に笑った。
「我等はお役目がありますからな。ここから出る事が出来ないのです。王国から支給される品ではどうかと思っておりました。よい武器が入ったおりにはどうぞこの砦へお越しください。」
「よろしくお願いします。」
私が砦から出ようとすると、一人の兵士が私に気が付いた。
「少し。」
「はい、なんでしょう。」
私はその兵に見覚えがあった。そうだ。いつしかの戦争でであったサリオンだ。
「サリオン殿!?」
「やはり、レール卿。このようなところで再会できるとは。」
彼女は、憲兵団の服を身に纏っている。いつしかの頃は短かった髪も今では美しい川のように伸び、憲兵団のカブトを脱ぐと、その髪はゆらりとたなびいている。
しかし不思議だ。正義を信条とする彼女が何故このような欲望に塗れた砦にいるのだろうか。
「いつしかぶりですね。元気にしておりましたか?」
「えぇ、しかしレール……卿、貴方がまさかここまで名の通る大商人になるとは。」
彼女は軽くお辞儀をした。その短い動作にも兵士としての気品が溢れている。
これはいけない。ここは目立つ。私は彼女をそっと人目に付きにくそうな柱の影へと引っ張りこんだ。
「どうして貴方がここにいるのですか?」
「あれから私は、民を守る為、憲兵団に志願いたしました。勇者選抜試験をする前にも実は憲兵団に加わわり神殿の警護をしていたのですよ。勇者になる為に辞め、王国のやり方に絶望し、戻る事を躊躇しておりましたが、やはり民を守る為にはここがよいと。」
それで配属されたという訳か。運悪くジャイアンツランドの砦に引き込まれたと。
「お互い色々と苦悩した末、ここにおるのでしょう。サリオン殿、少しお聞きしたいのですが、貴方は何かお困りごとはないですか?」
彼女は私の唐突な質問に眉を顰め、目を泳がせた。思ったとおりだ。やはり彼女はこの砦に対して不満を持っている。
「いえ、特に。」
「私はこの度、王国の命を受け、やって参りました。今の私には力がある。貴方と私はあの戦場を潜り抜けた仲ですからなんでも言ってください。お力になりましょう。」
彼女は少し考えてから言葉を選び始めた。
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