レール卿が闇商人として君臨するまで

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02ツクバキャラバンの勧誘(2928文字)  夜の呑み屋は荒くれ者が集まるが、人は見かけによらない。人によって向き不向きがある。魔法を得意とするものあれば、剣術、棒術、弓術を得意とするものもいる。  その上、この世界の人々には生まれ持って配分された属性があり、大抵の場合、皆がこの属性に合わせて仕事に就いて生活している。  例えば、いつもピアノの前の席を陣取り、樽ごとビールを飲んでいるあの丸坊主の御人の属性は水、手元が器用で普段は庭師をやっている。酔えばところ構わず暴力を振るうが、花を愛する変人だ。  逆にあちら。カウンター席で男を口説いては今日の呑み代を稼いでいるマダムレイリーは、属性は風。魔法を使い、素早く姿を消す。やっている事は盗賊だ。 「あらら~、あんたどうしたの? 勇者になると言っていたはずよね。」 っち、目をつけられたか。 「残念ですが、私はいま持ち合わせがありませんよ。あなたのお酒代を出す分はね。」 「あら残念。」 マダムレイリーは元々貴族の夫人だったようだ。どういった経緯かは知らないが彼女は盗賊に身を落した。 「私が言ったとおりでしょう? 王様は格好つけたがりなのよ。闇属性の貴方が勇者になれるわけないわ。」 「どういうことですか?」私は眉をしかめた。だが、彼女は黙ったまま、指をこする。しかたがなく私は、彼女の分のお酒をバーテンダーに頼んだ。 「今回、落選した者たちには共通点がある。それは皆が闇属性の人たちってことなのよ。」  どうして闇属性の持ち主たちが落とされたのか。なるほど、だいたい察しがついた。  この世界には風、火、水、土、雷、そして光と闇という7つの属性が存在し、特に魔法使いらは属性によって得意不得意の魔法が大きく左右されることがある。そして、その属性は生まれ持ってランダムに定められ、変えることはできないらしい。  だが魔王領域ではどういった訳か闇属性のものしか生まれないらしい。もとより闇属性の者は闇の神の悪しき伝承が残るライトベルでは忌み嫌われており、魔王軍の出現はそれに拍車をかけていた。 「たしかに勇者の剣には呪いがかけられているようでした。私は、教会での奉公をしておりましたので、魔法には詳しいつもりです。あれは強い光の魔法でしょう。」 それぞれの属性には優劣が存在し、火は風を飲み込み、水は火を打ち消す。土は水を濁し、雷が大地を割るも、風が雷雲を払う。これをこの世界では五行と呼び、世界の形を作る形の概念とされている。  だが、ここに生きるものの魂という概念が加わり光と闇という属性が発見されたのだ。この光と闇という概念は、五行のいずれとも関係せず、光は闇と闇は光ととしか関係がない。  基本的にそれぞれの属性は同調し合っているが、例えば術者の熟練の差によりどちらかの属性が優位となれば、五行の場合、劣位の属性が打ち消されてしまうものを光と闇の場合は劣位の属性を飲み込みさらなる力に膨れ上がるという性質を持つ。  つまるところ、私のレベルよりもはるかに高い魔法使いがあの剣に光の呪いをかけたものとすれば、私が柄を握った時に、光の呪いは私の力を飲み込んだと解釈できるだろう。 「もともとあの試験は闇属性の者にとって不利な仕組みがあったわけですか。」 「そういうことよ。」 私の心のなかには悪しき思惑が溢れかえった。悔しさと情けなさ、それらが入り混じる負の感情だ。 「私は勇者になれないのでしょうか。」 マダムはタバコを蒸し、煙で私をおいつめる。 「そうよ。でも、よかったじゃない。貴方が憧れる勇者はなろうと思ってなるものじゃない。」 その通りだ。あぁ、その通りだろうよ。私はそう言い聞かせる。思えばあの試験にはいろいろとおかしかった点があるではないか。  そう、王国が今しようとしているのは魔王を討伐する勇者を探しているのではなく、人々が崇拝し、兵たちの士気を上げるための崇拝対象の生産だ。ただ、勇者伝説の模倣を起こそうとしているのだ。  自分の気持ちはその答えで納得がいったが、ただ、ここから新たな不安と疑問が生まれ出た。ならば、勇者とはなんだ。  光の勇者と呼ばれるものはその伝説だけで中身がまったくない。では光の勇者に討たれた闇の魔王とはなんだ。人は伝説を信仰したいだけなのか。本当にロキはいたのだろうか。  私は酒の勢いもあり私自身のこれまでの人生が否定されたような悲壮感に泣きそうになった。 「見栄っ張りの王様にとって、選ばれた勇者が本当にロキの末裔かどうかだなんて関係ないのよ。真の狙いは民衆を束ね、魔王軍に対するヘイトを稼ぎ、闘志を仰げるカリスマよ。あんたは国の傀儡にされるところだったのよ。さぁ、諦めて呑みなさい。飲んで飲んですれば一時は楽になれるはずよ。」 この御人はそういって、私を酔いつぶし、財布を抜こうという根端なのだろうが、生憎ないものはスれなかろう。  本当に元貴婦人かどうかは分からないが、間違いなく彼女は悪党であった。私は彼女の言う通り、酒に呑まれていった。  正直どれだけ気を失っていたのかは分からない。マダムは、文無しだと分かり私に興味を失った為か別の客の席に移っていたようだ。そんな中、うなだれる私の席に、一人のフードを被った女が座り込む。 「まだ飲めるかい?」と女が尋ねる。 「飲めるが、もう金がありません。」 「ならば私が奢ろう。さてマスターこの人にこの人が飲んでいた物をもう一杯。」 その女は、フードで顔を隠しているが、下あごから妙な刺青が見て取れる。 「何者ですか?」 「私は、とあるキャラバンの使いだ。」 マスターが新たな酒を机に置き、去るのを見計らい、その女は話しを始める。 「金策にお困りではないか?」 困っている。勇者の仕事を当てにしていたのだから。この様ですと、言わずとも彼女は察していたようだ。 「貴殿に御頼みしたい仕事がある。私はツクバキャラバンの使者、ロビンと申す。我がツクバキャラバンは、護衛者を探している。どうか貴殿に協力いただきたい。」 用心棒を雇いたいという事か。私もかつてキャラバンの仕事を担ったことがある。それを知ってか知らずか彼女は私を雇いたいという。どの道、仕事がなければこの先食ってはいけない。 「ルートは?」 私が尋ねると彼女はそれを、承諾と受け取ったらしい。胸から紙を取り出し、机の上に広げる。 「ただいま、ツクバキャラバンはゴトー山の廃神殿にて待機している。ここから、この脇を抜け、クレーモスタウン方面へと行きたい。報酬は三千万ゴールドでいかがだろう。」 「ゔぇっ!?」 思わず、悲鳴をあげてしまった。クレーモスタウンは、今や魔王軍との激戦区の中にある町だ。そして、三千万ゴールドとは高価なものだ。説明すれば、この世界で三千万ゴールドでそこそこよい家一軒立てることができる。 「何故そんな危ない場所へ? どのキャラバンも、そこに行くのはためらう。命あってこそ。」 すると、彼女はにやりと笑った。 「貴殿も、キャラバンに関わったことがあるならば、すぐ分かりますでしょう。儲け時だ。」
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