レール卿が闇商人として君臨するまで

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04死の商人(2875文字)  キャラバン隊はとうとうクレーモス平原に近づいた。この先にあるクレーモスタウンにはライトベル王国軍が駐屯している。  キャラバン隊が放った偵察者によると、そこにいるのは憲兵団に編成された勇者候補者たちとクレーモスタウンを守っていた守備隊、そしてライトベル王国のガンドルス将軍の騎馬隊との事。ここでは二次試験として、魔王軍と一戦交え、生き残った者が合格者となるようだ。  一次試験に勇者の質を問われ、二次試験で勇者の力を問われるという事だが、すぐさま戦地に送られるとは誰も思っていなかっただろう。哀れなものだが今となっては、私に関係のない話だ。  偵察者の追加情報によると案の定彼らの士気は低い。一方魔王軍は、クレーモスタウンより眺められるダーマ山に駐屯しており、山には黒いオーラが漂っていた。時にダーマ山の中腹部にて、火花と怒号が見え聞こえする。戦いは既に始まっているようで形勢は魔王軍側にあるようだ。 「皆さん、あそこに魔王軍がおります。まず我等はクレーモスタウンへと入ります。そこで、一商売。その後、キータムの森の方へと避難いたします。そこから時間が勝負となります。よいですか? 働きによっては皆様には追加報酬が入ります。」 なるほど。戦地での商売となればこの傭兵の数も納得できるが、ツクバのキャラバンは朝日が昇る前に一仕事終えたいらしい。  というのも魔王軍は朝日に弱い。戦争はすでに始まっており、クレーモスタウン守衛隊が魔王軍の侵攻を防ごうと戦っているようだが、それは朝までの時間稼ぎだ。朝になれば、勇者候補者達で編成された憲兵団が魔王軍へ進軍する根端なのだろう。ここにある商品は勇者候補者に向けたものだ。 「それでは参りましょう。」 クレーモスタウンを守る門番に商売許可書を見せ身分を確認させた後、 「ささやかな献上品」 と称して、我々はクレーモスタウンへと侵入した。その鮮やかさ。ツクバキャラバンはこういったやり方の手馴れだ。クレーモスタウンの住民達は既に避難しており、ここにいるのは勇者候補者含め王国の兵隊たちだけだ。キャラバンは町で店を開き、献上品と称した食糧とポ―ションを配り始めた。 「これは売らないのですか?」 私は思わずロビンにたずねる。ロビンは私に耳を貸すように言った。 「これは、囮だ。今に見ていれば分かる。」私はそのようにした。するとどうだろう。パンを受け取った兵達は、次第次第に別の方へと目を移して行く。 「そこの売り子の方。こちらの品は献上品ではないのか?」と一人の兵が木の実の詰まった袋を指さして言った。 「こちらの品は、別のご依頼の為に用意した品でございます。」 「これは? なんですか?」 「これは、シグの実。食えば、しばらくの間、筋肉が硬化し、敵の矢を弾くことができます。」 ここに一人の勇者候補者が金貨を取り出す。 「いくらじゃ! いくら出せば売ってくれる。」 「ですからこちらは別のご依頼のものでございます。」 セリがそう言うと、勇者候補者は更なる金貨を出していった。 「これだけ出す! 売ってくれ!」 するとセリはニヤリと、悪意ある笑みをこぼして言った。 「そうですね、我々は利益の為に日々商いをしております。ご依頼の品でありますので高値にはなりますが、ご都合つけましょう。いかがですか?」 「よし買った!」 さぁここからが大変だ。一人が金を差し出すと、次から次へと勇者候補のみならず、その他の兵たちまでもが群がり始める。相場一粒30ゴールドのところ420ゴールドでの取引、つまり14倍の値段での取引だ。  本来であれば、規制がかかるところだが、ここが戦場であれば、正式な取引ではなく、「思いやりのある特別な売買」として黙認される。 「どうだ? 勇者候補者たちは一次試験合格のおりに、国から支援金がでますから金がある。無論財布の紐もゆるい。」とロビンはしてやったりといった顔で私にたずねる。 「あぁ、参りました。」と私が返事をすると彼女は笑いはじめた。いやしく群がる兵達の中にあのアースの顔もあった。 「あ。」 彼は私に気が付かない。私は、この時、彼に対して優越感を感じていた。 「皆様もお国の為に命を懸けてくださっておりますのでね。こちらもお売りいたしましょう。レイの実でございます。さぁさぁ、どうぞお買い上げください。メイの種もございます。こちらで少しでも生命力を高め、生き延びてください。」  我等の仕事はこれで終わりではない。クレーモスタウンでの商いを終え、ロッドハート団長の号令で我々はキータムの森へと足を向ける。 「これで終わりではない。貴方はどう思う?」 ダダラは神妙な表情をしながら、キャラバンの後姿を眺めている。 「言っていたでしょう。またライトベルに戻って、商売だとか。ただ、戦地を離れれば私達はお役目御免。報酬を貰って、さよならよ。運がよかったわね。まだクレーモスタウンは戦場になっていなかった。用心棒をするまでもなく楽して儲けさせてもらったわ。」 キラリが言った。 「うーむ、これはよいのでしょうか。」と続けたのはサリオンだ。 「我々は雇われている身です。ここから時間の問題とは。」 ダダラが応えた。 「我等の仕事はまだ終えていないようですな。このまま帰るのならば、キータムの森に行くことはないだろう。夜の森はゴーストが出る。来た道を戻らず危険な夜の森へ入るのはそういうことですぞ。」 バサリオの言うとおりだ。未だ出くわしてはいないものの先程から我々を何者かが見ているようだ。ゴーストとは言葉そのまま、未練を残した死者の魂で、中には腹いせの為か人を襲う者もいるので害獣として扱われている。ただ、ツクバのキャラバンは、これほどの手勢で護衛している為、反撃を恐れて働かせ襲ってこないかもしれない。 「皆さん、止まってください。」 とセリが言う。 「なんだなんだ?」 「ここまで皆様のお仕事は三分の一。ただいまより我々は、魔王軍陣営へと向かいます。」 「なんだって?」 ここでようやくはっきりとした。このキャラバンの財力、そしてこの強かさ。その正体は彼らの素性にある。彼らは従来のキャラバンとは違い、敵にも塩を送る死の商人なのだ。 「やりますな。戦争による特需景気特需景気は商人にとってのバブル。そうそう決着がついては困るというもの。」 ツクバのキャラバンの恐ろしさはその情報力である。なるべく戦力差を減らし戦争を長引かせるために王国軍の戦力、魔王軍の戦力及び、それぞれ布陣している将軍たちの戦略をも掌握しているようだ。  戦力が高い方には制限して品を高値で売り付け、戦力が低い方には薄利多売。とはいえ……彼らの目利きであげられるだけ挙げられた法外な値段だったが。という事はこの戦いを王国軍側に不利と見て、十四倍の値段をつけて物を売りつけたとしてもこれはまだまだ序の口。魔王軍側には更に多額で品を売りつけるつもりだ。
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