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06私の第一歩(7377文字)
その時、弓が三発連射で飛んでくる。一発が私の腕に当たり、残りはキラリが切り落とす。
「うぐっ!」
「構わず走れ! 我々の目的は敵のクビに非ず。」
悲鳴や怒号の中、私達はセリを逃さないよう走り続けた。
かかってくる兵は容赦なく殺す。時に魔王軍側の兵が我々が味方でない事を見破り、刃を向けて来るが、それも構わず退けていった。
「貴様! 仲間を裏切るか!」
構わずライジャは魔王兵を切り刻む。
「俺達は最初から仲間じゃない。残念だったな。」
私はここまで八人を殺し、リンは十人仕留めたようだ。
王国の兵の死体の山。ここの一帯は魔王軍の一小隊と王国の一小隊が衝突し、魔王軍が勝利したようだ。
ロビンとセリは、敵が近づいてこないように見張るよう私達に指示した。この場の小隊同士の衝突に区切りがついたとはいえ、辺りでは未だに戦いが続いている。いくらかの銃弾が飛び込んできたが、私がそれを撃ち落とし、やってきた兵をライジャとキラリが対応した。
リンは、魔法を使い、ここら一帯に闇のバリアを張り付けた。少なくとも彼女よりレベルの低い光魔法弾は飛んでこまい。威力は弱まりつつもバリアを越えてきた火の魔法弾や水の魔法弾はライジャとキラリが退魔の剣で消していった。
突破を試みようとするはぐれ兵を私が遠方より撃ち殺し、誰もここへは近づけぬ陣を築き上げる。他の班も同じように、魔法でバリアを張り、兵を近づけまいと交戦を続けているようだ。
私が振り返るとロビンとセリは、死体を漁っていた。商品の仕入れとはつまるところは火事場泥棒なのだ。いや、よく見ればもっと汚らわしい事をしている。
二人は、どす黒い宝石を近づけると、その宝石は死体から魂のようなものを吸い上げた。次第と死体は干からびていき、灰と化す。
なんだあれは……あんな魔法は見た事はない。
「すげぇ……」ライジャが見とれている。
宝石は魂を吸い上げるとみるみる美しい赤色の光を宿す。それは我々がもらったシンコー遺跡の宝石と同じだ。まさかとは思うが、あの宝石は、こうして作られたのか。
「うわあああ、きたぞ!」
ライジャの叫び声で、ロビンとセリは仕入れを中断した。ライジャが指さす方から王国軍の一小隊がこちらにめがけて突っ込んでくる。
「まずい。騎馬隊だ。ロビン、潮時です。」
「はい。」
セリとロビンの新たな号令で私達は移動を開始した。しかし、こちらめがけて向かってくる兵団はガンドルス率いる騎馬隊だ。徒歩では逃げ切れまい。
セリは黒い塊を地面に投げ、それは液体のように地面に広がる。騎馬隊の馬がそれを踏むと、馬はその黒い何かに足を取られて大胆に転んだ。先頭が転び、後ろの騎馬兵もまた転ぶ。
だが、まだ兵たちは残っている。リンと私が魔法弾と魔法銃弾を放ち応戦するも騎馬隊は、魔法を弾き返す盾で私達の魔弾を弾き飛ばした。不覚。
「まずいぞ。走れ!」
ライジャが叫ぶ。だがキラリまでもが足を取られ転んだ。
「キラリ!」
ライジャが立ち止まるのと同時に私も立ち止まった。キラリは転んだ際に頭を強くぶつけ、脳震盪を起こしているようだった。
「何をやっているの!? 速く!」ロビンが叫んだ。
「まて。キラリが。」
「諦めなさい。」
私は素直にロビンの言葉に従おうとしたがライジャは聞く耳をもたなかった。キラリを助けようと彼女の元に駆け寄った。その時だ。
「きやああああ」
なんということか。キラリは悲鳴を上げて、纏っていた霧と共に消え去った。彼女が持っていた遺跡の宝石だけが残り、それは細かくはじけ飛ぶ。
「な、なんだ。」
ライジャは困惑していた。そのまま足がすくんでしまっている。
「彼らを雇ったのは失敗でしたかね。」といったのはセリだ。
「やむを得ません。レールさん、行きますよ。」
セリが指を弾くと今度はライジャが悲鳴を上げる。彼もキラリと同じく、纏っていた霧と共に消え失せ、彼の持っていた宝石だけが残りそれははじけ飛んだ。
リンが私の腕を引く。彼女は構ってはダメだと目で語っていた。致し方がない。逃げなくては。他人に構っている場合ではない。二人は確実に死んだのだ。このキャラバンに逆らってはいけない。最後まで任務を全うしなくては。
「ここは戦場ですよ。生温い野獣退治とはわけが違う。」
冷酷なセリに並び、ロビンもまったく動じていない。私が彼らに感じるのは底知れぬ恐怖だ。こうも人は冷淡になれるものだろうか。いや確かに私は生ぬるいのかもしれない。ここは戦場なのだ。
「収集は少ないですが、皆さん散らばって逃げますよ。用心棒の皆さんは私達の囮になってください。もしも生き残ったのならキータムの森で合流です。よいですか? きちんと撒いてから来るのですよ。」
私は、騎馬隊の馬の脚を狙い、魔法銃弾を食わらせた。先ほどセリの攻撃を見て分かったが足はがら空きだ。リンもそれに気が付き、魔法弾を足にくらわせた。致命傷に至らせられずとも馬ごと転ばせることはできる。
「リン、煙幕を張れますか?」
「えぇ、任せて。」
リンの闇魔法により、一帯は更に光を奪われ、馬に掛けられた松明の明かりさえも闇が飲み込んだ。だが、騎馬兵の中にも魔法を使える物がいるらしくなんらかの対抗策をとられてしまうだろう。時間はそう稼げまい。
私達闇属性はレテアニアの住民程とはいえないが、闇中でも目が利く。奴らに一矢報いる為ならばできたこの短時間で充分だ。
私は、魔法銃を落馬した兵が落とした退魔の盾に向いた。そして銃弾は、銃より放たれ、甲高い音を立て盾を弾き、騎士の一人を貫き二人目のクビに命中した。
正面に盾を構えていた兵は、死角から飛んできた銃弾に困惑しているようだ。
そして二発目。それは、騎馬兵の脳天を狙ったが、惜しくも兜によって弾かれる。魔法使いの騎馬兵が光りの魔法で辺りを照らし、私の位置を確認した。そして別の騎馬兵が剣をこちらに向けるが、明らかな違和感に彼らは更に困惑してようだ。私と並ぶようにいたリンの姿がない。
彼女は騎馬兵の一瞬の隙をついて彼らに急接近し奇襲をかけたのだ。
「まずい!」
騎馬隊の後ろ三人のクビが吹き飛び、闇魔法の刃は四人目の鎧の隙間へと滑り込み命を奪った。そこに黒い弓が複数とびこみ、気を取られている騎馬隊の鎧を貫通する。対魔法の鎧を貫通するとはそれは凄まじい力の魔力の持ち主。それは逃げたはずのロビンだった。
「ロビンさん!」
「セリさんさえ生き残ればいい。私達はこいつらを足止めする。リンさん、もう一度煙幕を。」
「させるか!」
魔法使いの騎馬兵がリンより先手を打ち、光の玉で辺りを照らそうとする。しかし、私はすぐさま魔法銃を閃光弾に入れ替え、奴の手元の光へと打ち放った。
辺りを明るくするつもりだった光玉は私の閃光弾を受け、弾き飛ぶようにして想定外の眩い光を放ち、辺りを強く照らす。騎馬隊たちの目を潰し、馬たちは鳴き喚いて、跨っている兵達をふり落した。
一方私達は、黒い霧を纏っていた為に目をつぶすほどではなく、すぐに体勢を立て直すことができた。見事形勢を逆転したのだ。
「うまくいった!」
「これを機に逃げましょう。」
「リン!」
私はリンを呼んだ。
「闇魔法使いがお前達だけだと思ったか?」
騎馬隊の中でも群を抜くほど大きい馬にまたがる男は、名乗らずともこの騎馬隊の隊長であると分かる。
彼の目元を見れば、いわばサングラス代わりに小さな黒い霧がまとわりつき、まもなくそれは消え去った。そこに浮かぶ彼の眼は、いくつもの戦いを勝ち抜いた猛将の眼で、彼は三人がかりでやっと持てるであろう巨大な槍を片手で軽々と持っていた。そしてその槍の先にはリンがぶら下がっている。
「我が名は、ガンドルス。閃光弾なぞ、何故魔王軍がもっているのか。お前達はこの戦場に紛れ込み、盗みを働く盗賊の一味であるな。」
ガンドルスは、私達に睨みを利かせ、息絶えたリンの亡骸をこちらへと投げつけた。
「さぁ次はお前の番だ。」
ガンドルスが槍に手を当てると、槍はまがまがしい闇のオーラを纏い始める。
「まずい。ガンドルス将軍はまずい。」ロビンが呟いた。
だが、ガンドルスは、遠くから聞こえる声に私達から顔をそむけ魔王陣営へ向く。先ほどの閃光のおかげか、魔王陣営はこちらにいる騎馬隊を察知し、大勢の兵隊を送りつけたのだ。
そして、いくつもの矢がこちらめがけて飛んでくる。
「失せろ。お前等を討っても手柄にならぬわ。」
幸運な事にガンドルスは未だに混乱する兵達に怒号を浴びせると、向きを変え、迫りくる魔王軍めがけて走って行く。
私は、思わず腰が抜けた。彼の気迫には流石の私も死を覚悟させた。だが、私達も早くここを脱出しなければなるまい。ロビンが私を起こしてくれた。
「行きますよ。」
「あ、あぁ。はい。」
ロビンはこの場を離れる前に、リンの死体に向け手を伸ばし、指を鳴らす。彼女の死体からは黒い炎が生じ、彼女の亡骸はそう時間かからずに灰になった。その灰の中から、遺跡の宝石がだけが焼け残り、ロビンはそれを拾うと私に渡した。
正直のところ、こんな得体のしれないものは頂きたくはないが、唖然とする私の手に無理矢理ロビンがねじ込み、私に断る暇はなかった。
「これは貴方が持っていけ。それなりの金になる。」
「ロビンさんこれは、一体なんなんですか? ライジャさんやキラリさんはどうして?」
「これはシンコー遺跡の宝石。その正体は、人の魂を食らって生まれた自我のない魔物。セリさんやロッドハート団長はこれを操る術を知っている。セリさんは二人の魂だけではなく肉体を宝石に食わせ、宝石に自害を命じた。我等の事が露見せぬよう。リンの死体を焼いたのにも理由を説明すべきか?さぁいくぞ。」
私は一つ、不安になった。このまま生き残り、報酬の話しになった時に用済みと消されまいか。
「安心しなさい。我々は、我々の脅威とならなければ手は下さない。不利益にならないものは手につけない。」
「何故、私の考えを?」
「顔に書いていた。貴方が我等の事を口外しなければ、灰になる事はない。」
やっとの思いで私達は、キータムの森へと帰ってきた。私は幸運だったようだ。
全十七名いた兵は私を含め四名にまで減っていた。私、バサリオ、誰か、所属なき騎士サリオンの四人だけが傭兵として生き残った。
正直、戦場を離れたとはいえ、私の心は休まる事はなかった。きっと、このキャラバンの連中とまた行動を共にしているせいだ。
セリは先に戻りロッドハートともにぷかぷかと煙草を蒸している。その他のキャラバン団員たちも、全員が生きて帰ってきていた。
「ほう、これだけ減ったか。こちらとしては支払いが減ってよい。ゴールドを皆々様に手配いたしましょう。」
ロッドハートが顎でセリに指示するとセリはロビンら部下に指示し、生き残った我々にゴールドの送付先を書く用紙を渡した。
「またれよ。」ここで割り込んだのは生き残った傭兵の一人サリオンだった。彼女は剣の柄に手を当てて尋ねる。
「こちらツクバキャラバンがなさっている事は、なんたることでしょうか。犯罪はしないといったにもかかわらず両軍に品を売りつけ、戦争を長続きさせ、死者の魂を剥ぐとはそれは正義ですか? 何故このように神に背く事をさせますか?」
ロッドハートは笑みを崩さず、タバコの灰を落とし、立ち上がる。
「ふむ、君が言う正義とは何ぞや?」
「それは、人々を救う事です。魔王軍の闇をライトベル王国の光で晴らすことです。」
「それに裏切られた君は何ぞや。」
サリオンは歯を食いしばる。
「わしらにとって正義は金じゃよ。正義も悪もその線引き、それはどこにある。だが、金は違う。しかと目にすることができる。金があれば力を得られる。人の信頼を買い、新たな価値を植え付けることが出来る。力があれば正義と悪の線引きもできる。」
サリオンは剣の柄に手を添えるだけではなく、とうとう握りしめた。まずい。彼女を止めねば。私は彼女の腕をそっと掴む。だが、彼女の力量はただならぬものである。彼女は剣を抜き、ロッドハートへ向けると、ロッドハートの部下たちはそれぞれの武器をサリオンへと向けた。
一色触発だ。私は、彼女を止めようと手を伸ばしていたが、流石に勝ち目はないだろう。手をひっこめ、最初から何もしていないかのように振る舞うが、ロビンの弓がしっかりと私を射程内に収めていた。
「私は、仕事であれば何でも受けます。しかし、これほど外道だとは思わず。この度の仕事の報酬は頂きません。」
「なりません。この金は、貴方が私達の事を口外せず、ここで起きた仕事は全て終わり過去の物となるという証です。受け取りなさい。」
セリが威圧的にいったがサリオンは堂々としている。
「見くびるな。私は今日の事を口外する事はない。ただ、この不浄の金は受け取れない。」
「いいえ。金を受け取る事は貴方の責任の在り方です。報酬とは御礼だけを指しているわけではありません。受け取りなさい。」
彼女は受け取ろうとしなかった。ロッドハートの顔はそのまま変わらないが、困っているようで、頭をぽりぽりとかくとポンと腕を鳴らし、打開策を思いついた。
「ならば貴方も殉死した事にしましょう。」
「まってください!」
思わず口を出したのは私だ。正直、何も考えていない。ただただ、状況を見極めようと努力しつつも頭が真っ白になっているだけだったが、それでもどうしてか口をだしてしまった。口を出したのはいいが、何を言おうとしているのかは自分でも分からない。
「サリオンさん、貴方の正義が何かは分かりませんが、報酬を受け取ってください。この人たちは貴方が敵う相手ではない。不浄を正したいのならば、清純の為に死ぬのではなく、不浄に塗れようと生きながらえるのも手でありましょう!」
私の精いっぱいの言葉だ。彼女に通じただろうか。
彼女はしばらく目を躍らせた。そして、大きく呼吸をすると剣を収めた。彼女の目にはたくさんの涙が溜まっている。そしてそれは溢れ、零れ落ちていく。私も彼女に同情していた。このような気持ちになったのはいつ振りの事か。この歳になれば二度と泣くことはなかろうと思っていた。だが、そうはいかないようだ。私もいつのまにか頬に流れるものをくすぐったく感じていた。
「私が目指していた正義とは何だったのでしょうか。正すべき悪とはなんだったのでしょうか。私は、分からなくなりました。」
きっと私達の涙は人が死んだこと、戦争を経験した事ではなく、どうも人の闇の一部にふれたことにあったようだ。今まで信じてきたものは打ち壊され、よくいえば多様性、悪く言えば、深淵の深さを知ってしまったのかもしれない。
「どうしますか?」セリが尋ねる。
「この度は、従います。」とサリオンが言った。
「ではこちらの書類に。大金ですので。」
私達は、ここで解散となった。そろそろ戦いは終わり、兵達がクレーモスタウンから出てくる。それまでにここを離れなければならない。やるべきことをやると早々にロッドハートが号令をかけてキャラバンは動き始めた。
「我が名声を蘇らせるほどではないが、軍資金はえたというところか。私は、この金で、我が家を復興します。皆さんと会えたは何かの縁です。今後も縁がありましたら、また助け合いましょう。」バサリオはそう言い残すと王国に向けて歩き始める。
「私達は何か知ってはいけないが大切なものを学んだのかもしれない。」
結局最後まで名前を知る事がなかった誰かがそういって立ち去ったが、私もサリオンも聞いていなかった。サリオンはそこでしゃがみ一人泣いていた。
「では私も行きます。」
彼女は答えないままそこで泣き続けていた。
私は走った。キャラバンは確かこちらの方へと向かって行ったはずだ。木々が邪魔で視界も悪く、彼らの姿を見つける事はできない。だが、しばらくまっすぐ走り続けると、カタカタカタカタと荷台が動く音が聞こえた。
「ロビンさん!」
私は彼らを見つけたと思い、音の方へと走った。キャラバンの馬車の音だ。ただ、私が知るキャラバンではなかった。彼らは、戦いが終わった頃を見計らい、残った兵達に商品を売りつけようとやってきた一商人のようであった。
「あ、どうも。戦いは終わりましたか?」
「えぇ、もう終わるかと思います。」
空は明るい。魔王軍の魔法も魔力が底をつきて解除されたのだろう。
「そうですか。よければ、こちらの商品を買っていきませんか? ポ―ションですが、怪我もたちまち治ります。」
そういえば私は腕に矢を受けていた。戦いの最中、湧き上がるアドレナリンとは恐ろしい。多少感じていた痛みはここで激痛となり、ジンジンとした熱が左腕に感じる。
「申し訳ない。今、手持ちがありません。後払いでよければ大金でお返ししましょう。」
「ならば、売れませんよ。」
「だったらどうでしょう。私は貴方の商売の手伝いをします。貴方が満足のいく売上を出せたら、ポ―ションをお譲りください。満足いかなければただ働きでも構いません。」
商人は少し考えたのちに了承した。商人曰く、ポ―ションは相場の三倍の値段で売り付けるつもりらしい。だが、彼はパンをも商品として売りつけようとしていた。よかろう。パンは支給品として配るが私ならば十四倍とは言えずとも六倍の値段で売ってやろう。
私は、ロッドハートが説く金の力を信じてみる事にした。人がいう形に見えない正義と悪を信じるよりも、形に見え、況してや自分の力で得られるものとして金の力を信じてみたくなったのだ。
そして私は信じる方ではなく、信じさせる側になりたい。こうして私は、ライトベル王国での商売の道へと歩みを始めたのだった。これは私の第一歩の物語である。
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