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雨の日のこと
その日、戸高くんと高橋さんのいる1組の教室では、古典の授業が中断していました。5月下旬。中間テストが終わり、通常の時間割が戻って来た頃のことです。
この高校には、スマホに関する決まりがあります。
学校に持ってきて使用するのは構いませんが、授業中は電源を切ってカバンにいれておかなければなりません。
もし、授業中に音が鳴ってしまった場合は、放課後まで先生が預かるという決まりです。
過去、実際に鳴った人もいましたが、これまでは軽い注意だけで本当に没収された人はいません。
「早く出しなさい」
「無理。しつこいマジで」
高橋さんの机をノックするように、コツコツ叩きながら怒っているのは学年主任の塚原先生です。
髪が本当に短いので、後ろ姿は小太りの男性のように見えますが、本当は小太りの女性です。
狐のように鋭い目付きと、その鋭さをさらに際立たせる細いフレームの眼鏡。季節を問わず、ピンク色や薄青色のカーディガンを着ていて、長いあいだ履き続けているお気に入りの上履きサンダルは、不細工な形に崩れてしまっており、その形状は教師人生の歴史を感じさせます。
「しつこいこと言わせてるのはアンタでしょ。さっさと出しなさい」
塚原先生が怒っているのは無論、高橋さんのスマホが鳴ってしまったからです。静寂の教室に響き渡った電子的な音は誤魔化しようがなく、しかも慌てた高橋さんはスマホを床に落としてしまい、それを塚原先生に目撃されてしまいました。
「あー、無理無理。絶対無理。もう使わないからいいっしょ。
早く授業再開してくださーい」
「出せって言っとるやろぉ!」
ゴンッ、と机を叩く音。塚原先生の尖った声が教室の空気を突き刺し、自分のことではないのに、皆、ドキっとしてしまいます。
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