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ノトイの住む国には、一口に騎士と言っても複数の騎士団が存在した。中でも名を轟かせているのは、真に技術を認められた者だけが入団することのできる白の騎士団だ。一世代にせいぜい十名ほどしかいないその騎士団だが、技術の面でいえば他の追随を許さないほどの力を持っている。
そんな栄えある白の騎士団に最近名を連ねた者がいた。名をアザル。
アザルは今、宵の時にも関わらず王都から離れ、ノトイらの通う養兵学校のある町の闘技場へと足を運んでいた。
闘技場は現役の騎士たちが客を楽しませるために試合をしている場所で、富者を中心に人気の娯楽施設だ。試合をするのは大半が騎士の中でも下級の者たちなのだが、やはり稀に白の騎士団のような上級の騎士でも試合をすることがある。
もっとも今日は、試合に、というわけではなく別の用があってここを訪れたのだ。
(ここに来るのも、ずいぶん久しいな)
アザルはかつて毎日のように通っていた頃を思い返しながら、闘技場の会場への道を歩いていた。アザルもかつてはこの町の出身であり、闘技場での騎士同士の試合を楽しんでいた身であるのだ。
そしてアザルが会場の手前まで来たところで、近くからよく聞きなれた、空気を切り裂くような音が聞こえてきた。
アザルがその音の方へ向かうと、会場の休憩所スペースで一人剣を振るう少年の姿があった。
(やっぱり素振りの音だったか……)
アザルはその少年の素振りをしばらく観察する。その少年はまるで頭の中に架空の敵が見えているかのように、様々な動きをしながら剣を振るっていた。時には牽制のような軽い攻撃を放ったり、時には鋭い突きを放ったり。
アザルは長い間その少年の剣技に見入ってしまっていたが、ここに来た本来の目的を達するために、そっとその場を立ち去った。
その後アザルは観客席の一番高い場所に座る一人の中年の男の元へ向かった。その男は毎日のように闘技場に足を運び、騎士たちの試合を微笑みながら見届けている人で、アザルが今日闘技場へ来た目的でもある。
「お久しぶりです、お師匠様」
アザルは試合をじっと見ている男に向かってそう言った。
「なんだ?あんたが会いに来てくれるなんて珍しいな。何か用でもあるのか?」
「今日はご報告に来ました。ついに先日、白の騎士団に入団することができました」
アザルはやや控えめに言った。
「おお?そうか、それはめでたいな。いや、お前ならいつかは白の騎士になれるだろうと思っていたさ」
男は愉快そうに体を揺らしながら笑う。しかしアザルはその男とは真反対に、顔を一層暗くする。
「その……すみません。あなたもあのようなことがなければ、今頃白の騎士団で活躍していたでしょうに」
そう言って頭を下げるアザルに、男はハハッと笑いかける。
「なんだ、そんな昔の頃の話なんて覚えてないな。それに俺には今は学校の校長なんて大層な役職があるからよ」
「……そうですか」
そこで話が一息ついたためアザルは帰ろうと思ったが、ふと先ほど見た剣を振るう少年のことを思い出す。
「そういえば、先ほど休憩所の方で素振りをしている少年を見たのですが、なかなかに腕の立つ少年という印象を受けました。もしかしてお師匠様の学校の生徒ですか?」
「ノトイのことか?だとすればお前さんの評価は過大評価だぜ。ノトイは実物の剣を持つと恐ろしくて震えが止まらんくなってな。実際には剣も扱うことができんヤツだよ」
「あの少年が、そうですか」
「ヤツも自分なりに頑張っとるようだけどな。お前さんも修練を怠るなよ。まあ、お前さんは俺に言われんでもやるだろうけどな」
「はい。ありがとうございます。それでは自分はこれで失礼します」
アザルは最後に男と握手を交わすとその場を後にした。
アザルは闘技場の出口へ向かいながら、ずっと昔のことを思い出していた。
アザルがまだ騎士にも就任しておらず、養兵学校で剣の技を磨いていたころ、アザルは毎日のように、ちょうどこの町に配属された騎士の一人と剣を交えていた。といっても養兵学校の生徒が現役の騎士と対等に渡り合えるはずもないので、それはほぼ稽古という形に近かった。
そんなある日、いつものようにアザルが騎士に稽古をつけてもらっている途中で賊の侵入を知らせる報せが入った。もちろん騎士は民を守ることも仕事のうちなのでアザルの稽古を中断し、アザルに寮に帰るよう伝えてから賊の討伐に向かった。
しかしアザルは好奇心のため、その騎士の後を追ってしまう。そして運悪く侵入した賊と鉢合わせてしまった。
いかにアザルが訓練を積んでいるとしても、大人のそれも多くの人数相手に敵うはずもない。すぐさまアザルは劣勢に追いやられた。
だがそこに、いつもアザルに稽古をつけてくれていた騎士が現れた。その騎士はアザルをかばいつつ賊を退け、アザルの命を守ったのだ。
しかしその騎士は、アザルを庇って賊の攻撃を受けてしまったため、片足を失くしてしまったのだ。それに賊全員を倒すことはできなかったためいくらかの国の財宝が盗まれてしまったのだが、騎士はそのアザルのせいで起きた失敗の責任さえもすべて一人で背負い込んだのだ。片足のない人間、ましてや国の財宝を守り切れなかった者が騎士を続けることなどできるはずもなく、その騎士は騎士団を引退し、今ではこのような危険な町の養兵学校の校長となっている。
(俺があの時師匠についていきさえしなければ、師匠は騎士団を引退することはなかったんだよな……)
そんなことを考えていると、休憩所のところで再び、近くから剣を振るう音が聞こえてくる。
アザルがもう一度休憩所を覗き見ると、そこにはやはりあの少年が素振りをしていた。
(確かノトイ君と言ったかな。この少年には、俺のような失敗は犯してほしくないな……)
自分の幼いころとどこか重なるその少年を見ながら、アザルはそう思うのだった。
「なあノトイ、お前この前闘技場にいなかったか?」
ノトイが独自の特訓を始めて二か月ほど経ったある日、養兵学校に登校したノトイに同僚の男子はにやにやと笑みを浮かべながらそう問うた。
「……いや、知らないよ。人違いじゃないかな」
ノトイは我関せず、といった感じですぐさま拒否したが、実はノトイは近頃よくその闘技場に顔を出していた。
少しでも高いレベルの試合を見て、立ち振る舞いや攻撃のパターンなどを覚えておこうと思っているのだ。
「人違いじゃないかなって、お前な。俺がノトイを見間違えるわけないだろ。あれは絶対ノトイ、お前だった!」
「……」
ノトイはウソを見破られて思わずそっぽを向いてしまう。
「まあお前が隠したくなる理由もわかるよ。弱い奴ってのは強いやつにすぐ憧れるからな。自分もあんな風に戦えたらいいな、なんて思ってるんだろ。確かに、そんな内に秘めた思いがバレちゃあ誰だって恥ずかしいよな」
その男子はうんうんと頷きながら言う。
この人たちは人をバカにすることしか喋れないんだろうか、とノトイは内心で思うがそれはさほど問題でもなかった。
むしろ闘技場へ行った理由が誤って理解されているので、ノトイとしてはそちらの方が気に食わなかった。
「僕は……」
しかしそこまで言ってしまってから、どうせ本当のことを言っても信じてもらえずバカにされるだけだと思い、それ以上は口にしなかった。
同僚の男子はそれを肯定と受け取った。
「ほらやっぱりな。結局俺が言った通りだったんだろ」
同僚の男子は自慢げに言う。
「まあ、そんなことよりだ。今日は久しぶりに剣の稽古がある日だ。ノトイ。お前の試合楽しみにしてるぜ」
その男子はまだノトイと当たると決まったわけでもないのに、もはや勝ったような口ぶりでそう言うのだった。
「やっぱり相手はお前だったか……」
素振りが完了し模擬試合のためのグループが割り振られ終わると、先ほどの男子がそう声をかけてくる。
「そうみたいだね。よろしく」
さほど関わりたい相手でもなかったので、ノトイは極めて淡白にそう告げた。
「なんだよ、えらくあっさりしてるな。まあいい、闘技場の騎士様のようなすげえ剣技を期待してるぜ」
クックックと笑いながら男子は試合開始位置につくと、腰に帯びていた訓練用の剣を引き抜き、構えた。
(大丈夫だ。この二か月、僕は一人で密かに訓練を積んできたんだ。そう簡単には負けない!)
ノトイは高ぶる神経を一度鎮めるために深呼吸し、自らも剣を抜く。そして頭の中に様々な攻撃のパターンを浮かべつつ対戦相手の構えを見た。
しかし、頭の中に浮かべていた戦闘のイメージはすぐにかき消されることとなった。何故なら、対戦相手がこちらに向けている剣を見た途端、ノトイは再び恐怖を感じてしまったからである。
いつものように手足が異常なほどに震え始め、頭の中も真っ白になる。
どれだけ筋力を鍛え、戦闘のイメージをつかんだとしても相手に向かって剣を振ることができないのであれば本末転倒だ。
ノトイは何とか剣の構えをとっているが、それももはや限界間近だった。久しぶりの試合ということもあり、普段より震えがひどく一向に収まる気がしないのだ。傍から見ればさぞ滑稽に映っていることだろう。
しかしそんなノトイを気にもせず試合は開始されてしまう。
「ほら、こいよノトイ!」
対戦相手の男子はわざわざ一度構えを解き、剣を肩の担いでそう言うと、左手の指をくいくいっと動かしている。
(くそっ。動け、僕の足!)
ノトイは動かない足を叱咤し、無理やり前へ踏み出そうとする。足がまるで壊れた機械のように少しずつ動き始め、やっとのことで一歩を踏み出す。そのままゆっくりではあるが一歩、また一歩と確実に対戦相手へと近づいていく。二か月前の状態であれば、絶対にこの一歩は踏み出すことができなかっただろう。
しかし対戦相手はそのようなことを知る由もない。
「まったく、ちんたらおせーんだよお前」
対戦相手の男子はノトイの何倍ものスピードで接近してくると、剣でノトイの足を払いのけ、そのまま宙に浮いたノトイの体へ剣を滑らせた。
「ぐはっ……!」
ノトイの体は剣の衝撃によって吹っ飛び、背中を強く打ち付けてからようやく止まる。
肋骨のあたりが強烈な痛みを発し、そこから背中、頭へと痛みは伝わっていった。肋骨辺りは折れていても不思議ではないほどの痛みだった。
「やっぱり模擬試合ってのはストレス解消になるな。最近剣の稽古の授業がほとんどなかったから溜まってたんだよなぁ」
今しがたノトイを打ち負かせた剣を、その男子は労わるように手でなでる。そしてその剣を鞘に納めるとノトイのことなど目にもくれずその場を去って行った。
(また負けてしまった……。)
残されたノトイはその場にうずくまったまま考える。剣で強打された部分の痛みもひどいが、ノトイからすればそんなことはどうでもよかった。ただ立ち上がる気力がもう残っていなかったのだ。
二か月、ノトイは必死になって訓練を続けてきた。それこそ他人がどうこうとかそんなことどうでもよくなるくらいに。
だけど実際に試合をしてみたら、この結果だ。前回の試合と何ら変わることのない負け方だった。ノトイは前の試合からなにも変わってはいなかったのだ。
(だったら僕はなんのためにこの二か月間、苦しい訓練に耐えてきたんだろう……)
ノトイは目を瞑る。感じるのは稽古場の硬い地面の感触と、剣で殴られた腹部の痛みだ。この痛みは、前の試合で喉を殴られた時のものによく似ていた。弱いから悪いんだとそう言われた時のものに。
その言葉をもう二度と聞かずに済むようにノトイはここまで頑張ってきた。だけど世の中はそんなノトイの努力を認めてはくれなかったのだ。
(だったらもう。こんな無駄な努力なんてやめてしまえばいいんだ……)
結局、ノトイはその日から、二か月間続けていた訓練をもう一度再開することはなかった。
気づけばノトイは下宿のすぐ裏にある山の麓へ足を踏み入れていた。あの試合に負けてから、ノトイは無意識のままここへふらふらと歩いてきたのだ。
(たぶん、今は誰にも会いたくなかったんだろうな……)
ノトイは自分の行動の理由を推測しつつ、そのまま山の奥のほうへと入り込んでいく。今まで何度も来たことのある場所だが、改めて辺りを見回すと始めてきた場所のような錯覚を覚えた。
少し歩くと大きな木が見えた。その木は何か長細いもので殴られたような跡があり、斜めに傷がついている。
(そういえば木刀で木を相手に打ち込みの練習もしたな……。今となっては何の意味があったのかよくわかんないけどな)
ノトイはもう歩く気力もなくなり、その場にどさっと倒れこむ。心地よい風が辺りの木々を巻き込み左右に揺さぶっていく。心なしか鳥の鳴き声や動物の歩く音、植物たちの奏でる音が聞こえてくる気がした。
それらの音をじっくり聞くためにノトイは目を瞑る。自分と、その周りだけがゆっくりと安らかに時間が過ぎていくような感覚だった。
(なんだか久しぶりにゆったりした時間を過ごしている気がする)
思い返せばここ何年もこうやって一人でゆっくりと過ごす時間はなかったように思える。小さな村からこの町へ出てきて、すぐに養兵学校へ入り慌ただしい生活を送るようになったのだから、それこそ実家にいた頃から今日までこんな時間はなかったわけだ。
「そう考えたら、ちょっと根を詰めすぎたのかもしれないなぁ……」
ノトイは久しぶりに感じる心地よさに、いつの間にか安らかな休息へと落ちていった。
それからどれほどの時間が経っただろうか。気づけば辺りは薄い黒色に侵食されており、木々の隙間からわずかな光だけが地面へと降り注がれていた。
(いつの間にか寝ちゃってたのか)
ノトイは体を伸ばしながら起き上がると、服についた汚れを払っていく。
そしてノトイが山を下りるため道を引き返そうとしたとき、ひときわ強い風が辺りを走って行った。
少ししてその突風は通り過ぎノトイが目を開けたとき、視界の中にひとつの小屋が飛び込んだ。
(こんなところに小屋なんてあったかな……)
ノトイはそう感じるが、おそらく山の中に小屋があるのはさして珍しくもないため、今まで意識して認識していなかっただけだろう。
しかし今、ノトイは無性にその小屋の存在が気になっていた。その何の変哲もないその小屋が、なぜかノトイの気を引いてしまうのだ。
もう一度風が強くふく。あたりの木々がその風になびき不気味な音を立てながら揺れる。昼間は心地よかった風も、今では一層強くなってそれどころではなくなってしまっていた。
ノトイは一度ブルっと体を振るわせるが、自分ではそれにも気づかないほどその小屋を凝視していた。そしてその小屋につられるように、自然と足を延ばしていたのである。
その小屋は農具を少しだけ置くことができるような小さな小屋だった。ノトイが扉に手をかけると扉は大きな悲鳴を上げながら開いていった。そしてノトイがその小屋に足を踏み入れた途端、あるものが視界の中に飛び込んだ。
それは剣だった。きれいな布の上に半分ほど剣身をさらした状態で置かれていた。禍々しい色で塗装され、特に埋め込まれた紫色の宝石がきらりと怪しく輝いている。
ノトイは自然とその剣へ手を伸ばしていた。何かを頭の中で考える余裕もなく、ほぼ無意識のままその剣を手にとった。
その瞬間、どこからか低く、しかしよく通る声が響いてくる。
「初めまして、力を欲する者よ」
「だ、だれ?」
ノトイはその声の主人を探し頭をぐるりと一周させるが、自分の近くに人はいなかった。
「何を言う。俺はお前のすぐ目の前にいるだろうが」
「目の前って……、この剣?」
ノトイは目の前に置かれている剣をまじまじと眺めながら言う。
「俺の名はバロール。今は訳あって剣の姿をしているがそれは仮の姿にすぎん。元の力を取り戻すことができれば、俺は真の姿も同時に取り戻すことができるだろう」
「は、はぁ」
ノトイは目の前の意思を持つ剣、バロールの話す内容についていけずマヌケな声を出してしまう。
「……それでだ、力を欲する者よ。お前、俺が力を取り戻すための協力者にならないか?」
「協力者?」
「そうだ。俺はこのような姿になってしまっているため自力で元の力を取り戻すには少々苦がある。だが協力者がいれば事は簡単に済むのだ」
この時、ノトイの心中はまだ疑惑と困惑で満ちていた。突然協力者になれと言われても困惑してしまうのが当たり前だ。それにノトイは協力者にはなれない理由があった。
「なんだかよく話が分かりませんけど、協力者なら他をあたった方がいいと思いますよ。僕、たぶん迷惑かけるだけですから」
今まで関わってきた人全てに迷惑をかけてきたノトイは、今度もまた自分のせいで迷惑をかけるだろうと思ったのだ。
「ふん、弱虫は何処までも弱虫か。まあいい、力を欲する者よ。もしお前が協力者になるのであれば、俺の持つ力をお前に分け与えることもできるのだ。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「力を、分け与える?」
一瞬、ノトイがぱっと顔を輝かせたのをバロールは見逃さなかった。
「そうだ。お前が俺と契約を結び、協力者となれば、俺が元の力を取り戻すほどに協力者であるお前も強くなっていくのだ。そしてお前が強くなればなるほど、俺の力も取り戻せる」
「その力っていうのはどんな……?」
「そうだな。それについては俺が説明するよりも実際に体験してもらった方が早いだろう。いいか、今から俺の言う通りに道を進め。そうすれば俺の力の一部をみせることができるだろう」
ノトイがバロールの導きによって道を進むと、その先にはノトイの唯一の理解者であるアリアの姿があった。思わずノトイはアリアへ声をかけようとするが、そこで異常に気付く。
アリアはノトイと同じ制服を着た男、つまり養兵学校の生徒三人に囲まれていたのだ。
「なあいいじゃねえかちょっとくらい。何も一日中付き合ってくれって言ってるわけじゃねえんだ。ただほんの数時間だけ俺らと遊ぼうってだけなんだぜ?」
いかにもガラが悪そうな、顔に大きな傷をつけた強面の男がそう言ってアリアの腕をつかむ。
「や、やめてください。私はまだ修行中の身。遊戯にうつつをぬかす等といったことは禁止されているのです。どうかお許しください」
いつもであれば常に微笑みを崩さないアリアであるが、男三人に囲まれ、さらにその男の腰には訓練用の物とはいえ剣がぶら下げられているのを見てしまえば恐怖におびえてしまうのも仕方のないことだろう。
「ったく、めんどくせー女だな。いいから俺らと来いって言ってんだよ」
誘いを承諾しなかったアリアの態度が癇に障ったのか、強面の男は強引にアリアの腕を引っ張る。
そんな男子たちを見て事の成り行きをなんとなく理解したノトイは、すかさずアリアを助けに入った。
「アリア!」
「ノトイ……?」
アリアをつかんでいた男子の腕を素早く振り払いノトイがアリアのほうを見ると、アリアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「お前ら……!」
ノトイは激しい怒りによって思わず手に持っていたバロールの意思が宿る剣の柄に手を持っていく。
しかし、アリアを囲んでいた男子たちは一面も臆した様子を見せなかった。
「なんだノトイじゃねえか。俺たちの邪魔なんかして、また殴られたいのか?」
「弱いくせに身の程知らずめ!」
先ほどまで黙っていた二人が一斉にノトイを罵倒する。しかしそれを制してもう一人の男がノトイの前に進み出る。
「まあまて、お前ら。せっかくノトイが勇気を出して女を助けたんだ。ここは見逃してやろうぜ」
「え、マジで言ってんすか?」
この三人のリーダーらしき強面の男の言葉に他の二人は明らかに困惑したようだった。
「ただし、俺たちに勝てたらの話だけどな」
リーダーはにやりと笑う。そしてその言葉を聞いた他の二人も納得したように頷くと腰に差していた訓練用の剣を引き抜いた。
通常、町を歩く際に武装していれば警備兵に咎められるだろうが、ここは戦争中の国と隣接する町であり、いつ自分の身に危険が降りかかるかわからないため、護身のために最低限の武装や許されているのだ。
「おら、お前の持ってる剣は飾りじゃねえんだろ?だったら抜いてみろよ。その女を守りたけりゃ自分の力で守るんだな」
強面の男にはノトイは絶対に剣で戦えないだろうという自信があった。なんせノトイとは過去何度も手合わせをしているが、そのすべてにおいてノトイは訓練用の剣でさえも怯えてしまっているのだ。ましてや本物の剣などノトイに扱えるはずもないと思ったのだ。
実際、ノトイは剣の柄に手を置いたまま微動だにもしていなかった。男の思った通り、剣を抜くのが怖いのだ。いつものように手足が震え始め呼吸も荒くなる。
(僕はこんな時でも剣を扱うことができないのか!)
ノトイはギリギリと歯を食いしばる。後ろではアリアが心配した様子でこちらを見ている。何としてもこの少女は守らなくてはならない。
その時、剣を持つ手が一度だけビクンと震えた。ノトイが思わずそこへ目を向けると剣が微かに震えていた。ノトイの、恐れからくる震えではなく別のもの。つまり剣自体が震えているのだ。
(そうか。この剣にはバロールの力が宿っているんだ。だったらあいつらを恐れる理由なんてどこにもないじゃないか!)
ノトイは一度全身の力を抜き深呼吸する。そして体の震えを治めると一気に剣を引き抜いた。
「うぁあああああ!」
果たして剣は引き抜かれた。ようやく剣身を晒すことのできたその剣は、この時を待ちわびていたと言わんばかりに強く禍々しく光っていた。
「なに……!」
ノトイが剣を引き抜いたことに激しく動揺した男たちは、今更ながらに思い至った。ノトイが今持っている剣は偽物ではない本物の剣。人を簡単に殺めることのできるであるとモノだということを。
そして男たちが恐慌をきたして逃げる暇もなく、ノトイの体はひとりでに動き始めていた。
結局ノトイが男子たちを数回剣の腹で殴りつけたところで、男子たちは剣を捨て我先にと逃げて行ってしまった。
ノトイは三人を相手に勝利した自分に愕然としつつ、同時に剣に宿るバロールの強さもひしひしと感じていた。
「ノトイ、ありがとう。すごく怖かった」
後ろでノトイの戦闘を見ていたアリアがノトイの胸に抱き着いてくる。
「アリアが無事でよかったよ。本当に」
「強くなったんだね、ノトイ。驚いたよ」
「うん。僕は手に入れたんだ。すごく強くて大きな力を……」
ノトイはもう一度バロールの剣を見る。その剣はまだ光を失うことなく、むしろ先ほどより強く光っているようだ。
(この剣とバロールがいれば、僕はもう負けることはないんだ)
こうして、ノトイはバロールの協力者となることを決定したのである。
そしてこの時から、ノトイのきれいな青色の瞳が燃えるような赤色に変色したのである。
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