魔人の玩具

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ノトイがバロールと契約を結んで一週間。その間ノトイは着実に力をつけていった。 ノトイがバロールの力を借りて強くなり、それによってバロールもまた本来の力を徐々に取り戻すというバロールの計画は順調に遂行されていたのだ。 「今日から公式戦の予選だよな」 「だな。なんでも校内で首位をとるとあの白の騎士団の騎士様ととお手合わせ願えるらしいぜ」 稽古の時間の直前、ノトイの前でそんな会話がされていた。 「白の騎士団って言ったら、実力を国に認められて出世した騎士たちのトップだろ?そんな人と剣を交えられるなんてこの機を逃したら絶対にないよな」 「そうなんだよな。だから今回は絶対に負けられねえな」 いつものノトイであれば、このような会話を聞いても自分とは無縁の話だ、と切り捨てていただろうが、バロールの力で強くなった今ではむしろ白の騎士団の騎士と戦ってみたいと思っていた。 この一週間でバロールの力がどれほど強力かを実感したノトイだったが、今の時点でその力がどこまで通用するのかははっきりとはわかっていない。 国内最強と言われる白の騎士と戦い、今の自分の強さを計ってみたいと思ったのだ。 「まあ、今回も多分ファンツ先輩の優勝だろうけどな」 「だなー。あの人、騎士団にも推薦されてるって噂もあるぜ」 ファンツ、という人物はノトイでさえ知っていた。おそらくファンツを知らない者は養兵学校にはおらず、それこそ騎士団に入団してもおかしくはないと言われるほどの強さを誇る人物である。 今回の公式戦でも、ノトイが勝ち続ければいつかは絶対に戦う相手であるだろう。 「よし、それじゃ試合頑張ろうぜ」 「おう」 稽古の開始の時間が近づいてきて目の前の生徒たちが稽古場へ移動したのを見て、ノトイも稽古場へと向かうのだった。 「ようノトイ。お前が最初の相手だったか」 訓練用の剣をぶんぶんと振るノトイにそう話しかけてきたのは、ノトイも見覚えのある顔、リウだった。 「リウ……」 ノトイはそのリウの顔を見て、思わず自らの喉に手を当てた。リウは以前、すでに負けが確定していたノトイの喉に不必要に剣を滑らせたことがあるのだ。 「ラッキーだなぁ。初戦がお前ってことはもう勝ち確定じゃねえか。ありがとな」 リウがそんな言葉を投げかけてくるが、ノトイはそれどころではなかった。以前やられた時のことを思い出し、復讐に燃えているのだ。 (あの時の借りを返してあげるよ……) ノトイは内心でリウに宣戦布告をすると、表向きは無表情を保ったまま試合位置についた。 「なんだ、相変わらず反論もできねえのか。まあいい。とりあえず今回も圧勝させてもらうぜ」 リウも剣を引き抜き、所定の位置で構える。 そうして数秒後、グループの審判が試合開始の合図をあげる。 試合が始まった瞬間、リウは以前戦った時と同様に正面からノトイへ攻撃を放った。今度もまたすぐに決着をつけようという算段だ。 しかし前回と違い、今度はノトイはその剣の軌道を冷静な目で追っていく。そして絶好のタイミングを見計らって、リウの持つ剣へタイミングよく自らの剣を振り上げた。 バコーンッと重く低い音が響き、リウの剣が宙を舞う。 「え……?」 リウは手に走った衝撃が何によるものなのかがわからずその場でしばらく呆然としてしまう。 あまりにも早い試合の終わりに、試合を見ていた生徒たちも唖然とする。それどころか、試合が終了したことさえも理解できていないものも大半だった。 一打で試合を終わらせることが出来る。この圧倒的な力こそ、バロールとノトイの強さなのだ。 しかし、ノトイの体は試合が終了したと分かっていても止まることはなかった。呆然と立ち尽くすリウに向けて剣を構えたのだ。 もしここで審判が試合終了の合図をしていれば、ノトイはおとなしくそれに従っていただろう。しかし審判にとってもノトイが見せた技術は想定外だったのか、すぐには試合終了の合図を出さなかった。 そしてその少しの時間こそが、ノトイの復讐を手助けするものとなってしまった。 ノトイは以前自分がやられたように、無防備なリウの喉に剣の腹をたたきつけたのだ。 「ぐあぁっ!」 リウは悲鳴を上げ、勢いよく後ろへ倒れこむ。 たっぷり十数秒かけてようやく動けるようになったリウは、大きな憎悪を含んだ目でノトイを睨んだ。 「てめえ、なにしてんだよ……」 今にも殴りかかりそうになっているリウに、ノトイは冷ややかな目で答える。 「以前リウが言っていたことを思い出したんだよ。やっぱり勝つなら派手に勝たないとってね。それにリウ、君が僕に言ったんじゃないか。怪我をするのが嫌なら強くなればいいって。同じことだよ、リウ。君が弱かったから僕なんかに負けたんだよ」 そのノトイの言葉に、リウは顔を真っ赤にして地面をたたいたのだった。 ノトイはその後も圧倒的な強さで試合をこなし、ついに予選の最後の試合にまで勝ち上がった。この試合に勝てば翌日の決勝に進むことができるのだ。もっとも今のノトイは決勝入りなどは余裕である。このまま決勝をも勝ち進み、白の騎士団の騎士と対戦するのがノトイの目標であった。 だが、ノトイはその予選最後の試合で、本来であれば最後の最後で戦いたかった相手と試合をすることになってしまった。 養兵学校首位の強者、ファンツだ。 「ふん。常敗の弱者がどういう風の吹き回しだ?強くなったのはご苦労なことだが、あまり調子に乗るなよ」 試合開始前、おそらくノトイを待ち伏せていたのであろうファンツが、ノトイを見つけるなりそう声をかける。その幼さが微塵も残っていない、いかつい顔でそう言われれば誰でも圧倒されざるを得ない。 しかしノトイはそんなことでは怯えなかった。 「先輩こそ、あんまり油断してると僕が勝ってしまいますから気を付けてくださいよ」 「ほざけ。お前に負けてやるほど俺は甘くないぞ。ほかの連中と違ってな」 ノトイを見る目を一層厳しくするファンツに、その視線に真っ向から勝負するかのようにノトイもまた眼を鋭くしてファンツをにらみ返したのだった。 ノトイが少し遅れて試合会場へ着くと、周りは観戦客でいっぱいになっていた。それもそのはず、この試合は今まで首位を保ってきたファンツと、底辺から一気に上り詰めたノトイの戦いなのだ。間違いなく今試合最大の見応えのある試合だろう。 ノトイは盛る観戦客たちの中を堂々と進み、試合の位置へ移動する。対面にはすでにファンツが立っており、訓練用の剣を肩に担いでいた。 「できれば、お前とは決勝グループで戦いたかったんだがな」 試合開始直前、ファンツはボソッとそうつぶやいた。確かに、もしこの試合が決勝グループの、さらに優勝を決める試合であったならばもっと盛り上がっていたかもしれないし、戦う二人にとっても最強の敵と最後に勝負というのは高ぶるものがある。 ノトイはその言葉に返事はせず、代わりに試合開始の準備ができたと告げるために剣を構える。 両人が準備完了したのを見届けると、審判はすかさず試合開始の合図をした。 「オォオオオ!」 その瞬間、ファンツは雄たけびを上げながらノトイへ猛突進した。そして剣を上段に構え、勢いそのまま振り下ろす。 ノトイはリウと戦った時と同じく、ファンツの攻撃を弾き返そうと考えていたが、あまりにもファンツの攻撃が早かったためそれを断念。すかさず防御姿勢に入った。 「くっ……」 ズガンッと重たい衝撃が腕全体を包み込む。ファンツの攻撃がノトイの剣を襲ったのだ。かろうじて防御に成功したノトイだったが、その衝撃に思わず後ろへ転倒してしまいそうになる。 足を踏ん張ってどうにか転倒を免れたが、ファンツはすぐに追撃をしかけてくる。二度、三度と重たい攻撃がノトイを襲う。 だがノトイも今やバロールの力を手にするものである。ファンツの連撃をすべて防御してみせると、最後の攻撃を押し返すように弾き相手と距離をとる。 「驚いたな。俺の攻撃がこうも通らないとは……」 ファンツがいかにも想定外だ、というようにそう言ったが、ノトイはまたも応えなかった。そして黙ったまま剣を構えなおすとファンツとの距離を縮める。 反転攻勢、今度はノトイが攻撃を放つ番だった。ノトイはそれまでのファンツの攻撃をそっくりそのまま返すかのように猛攻をしかけていった。 ノトイがバロールと契約を結んでから、ノトイの体はウソのように軽くなっていた。剣を持つと震えていた手足も、今では自分の思惑通りに動いてくれている。おまけに一瞬一瞬の動きさえも頭の中に浮かんできてくれるまでだ。 しかし、これでもまだバロールの真の力には遠く及ばないという。一体、バロールが力を取り戻せばどんな強さになるのだろうか。そんなことを無意識のうちに考えながら、ノトイはアシストの加えられた動きでファンツへ連撃を放つ。 「ハァッ!」 ノトイの連撃は加速していき、ついにファンツの防御を崩す。そしてノトイはその隙をついてファンツの胴を剣で殴った。 ファンツはそのノトイの攻撃を受け、無様に後ろ向きに倒れてしまう。すかさず審判が試合終了の合図を出すと、今度はノトイはそこで剣を下ろした。 「……まさか、お前に負けるとはな」 観戦客たちがざわめく中、ファンツは仰向けに倒れたまま呟いた。 「僕はもう、弱かった頃の弱者の僕とは違うんだ」 「そのようだな。まあいいさ、次に戦うことがあれば、その時は絶対勝つ」 ファンツはそれだけ言うと、剣を杖の代わりにして立ち上がり、その場を後にしたのだった。 「驚いたな、まさかノトイがあのファンツに勝つなんてな……。」 今のノトイとファンツの戦いを遠くから見ていた校長は思わずそう呟いていた。 「そうですね。今回の戦いでは、いつものように剣を持って震えたりといったことはなかったですね」 校長の呟きにそう答えたのは、同じく今の試合を見ていたアザルだった。 「ふむ、あの剣への恐怖心を断ち切る何かを見つけたのかもしれないな」 「だとすれば非常に楽しみですよ。あの少年がどれほどの力を持っているのか……」 アザルはニヤッと笑うと、踵を返してその場を立ち去ろうとした。しかしその背中に校長は言う。 「明日の決勝も見に来るだろう?」 「……いえ、明日は来ないつもりです」 少し考えた後、アザルはそう言った。 「なんだ、決勝は気にならないのか?勝ち進んだ者がお前と戦うことになってるんだぞ?」 「誰が俺と戦うのか想像がつきますので。その人物に万が一負けてしまわないように、ちょっとばかり稽古でもしてこようと思います」 そう言うと、今度こそアザルはその場を立ち去ったのだった。
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