魔人の玩具

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ノトイがファンツに勝利した試合で予選グループの試合は終了となった。決勝グループの試合は翌日に開催されるので、今日はここで解散というわけだ。 ノトイは門でひしめく生徒達の様々な感情の入り混じった視線を浴びながら帰路についたのだった。 「どうやら無事に復讐を果たせたようだな」 ノトイが人気の少ない裏路地に足を踏み入れた途端、ノトイの持つ剣、すなわちバロールがそう声をかけてくる。 「ああ。あの負けた時の屈辱がにじみ出た顔を見て清々したよ」 「フハッ、ざまあねえな。まあおかげで俺の力もだいぶ取り戻せて来てるぜ」 剣をカタカタと揺らせながらバロールは笑う。 「それ、ずっと気になってたんだけど、バロールの力ってどうやったら取り戻せるの?普通に戦ってればいいってわけじゃないんだよね」 実は、ノトイはバロールに協力することを承諾したものの、どうすればバロールの力が元に戻せるのかを知らなかったのだ。 「そういえば言ってなかったな。俺が力を取り戻すには、周りから持ち主へ注がれる負の感情が必要になる。それが大きく、多くなればなるほど、俺は真の力を取り戻すことができるのだ」 「負の感情……?」 ノトイはあまり釈然とせず、首をかしげる。 「そうだ。妬み、憎しみ、恨み、怒り。こんな感情がお前に向けられることによって俺は強くなるんだ」 「……なんだかそれって、いかにも邪神っぽいね。バロールって邪神なの?」 「さあな。なんにせよ、お前は俺の圧倒的な力を味方につけられているんだからいいじゃないか」 「そうだね。でも、今日はだいぶ力を取り戻せたんじゃない?一番目立った日だったから」 ノトイは今日の出来事を振り返りながら言う。リウはもちろん、ファンツも何かしらの負の感情を抱いた可能性もあるし、なにより弱かったノトイが急に強くなって他の生徒もおもしろくないと思っている人間は多そうだ。そんな生徒たちの感情を浴びてきたので、相当にバロールの力は強くなっているはずである。 「そうだな。お前と契約を結んでから一番の収穫だったな。でもこんなのじゃあまだまだ道は遠いぞ」 バロールのその言葉にノトイは少し愕然とする。 「これでも足りないのか。どうにかして一気に力を取り戻す方法はないの?」 「あるぞ。とっておきの最高の稼ぎ方がな」 「本当?」 ノトイは思わず足を止め、腰の剣を見下ろす。 「ああ。その方法はな……」 しかし、バロールの言葉はそこで停止してしまう。何故なら何者かがノトイの名前を呼んだからだ。 ノトイはその声のした方を振り向く。するとそこには修道着を着たアリアが立っていた。 「アリア。こんなところで何してるの?」 ノトイはアリアに駆け寄る。 「道を歩いてたらノトイが裏路地に入っていくのが見えたから、こんな時間に何してるんだろうって思って」 「学校から帰っていただけだよ。今日は試合だったから早く終わったんだ」 「試合?どうだった?」 アリアはにこりと笑ってそう尋ねた。 「そりゃあもちろん、今日の試合は全部勝ったよ。今まで学校の中で一番強いって言われてた人にも勝ったんだ」 ノトイは自慢気にそう話した。おそらく話し相手がアリアでなければ、もしかしたらこのノトイの自慢話に不愉快になる人がいたかもしれないが、アリアはそんな様子を微塵も見せなかった。 「え、本当?すごいよノトイ。強くなったんだね」 「うん」 自分のことのように喜んでくれるアリアに、ノトイも自然と満面の笑みを浮かべながていた。 「この剣のおかげだよ」 「……剣?」 しかしアリアは突然でてきた剣という言葉の意味をとらえることができず、聞き返してしまう。 「そうだよ。この剣にはバロールっていうやつの意思が宿っててね。バロールの契約者になる代わりに、僕はバロールの力を貸してもらってるんだ」 そのノトイの言葉で、アリアの表情が今まで見たこともないほど曇ったことにノトイは気づくことができず、さらに続ける。 「今日もね。前に言ったリウってやつに仕返しをしたんだよ。あいつが以前僕にやったように、僕も喉を思いきり剣で殴ってやったんだ。そしたらあいつ、すごく悔しそうな顔してさ」 ノトイはその試合を思い出して笑いを漏らす。そんなノトイにアリアは低い声で言う。 「……ねえ、もしかしてこの前私を助けてくれたのも、その剣の力のおかげなの?」 「うん、すごいでしょ。いつも僕をばかにしてたやつらをあんな簡単に追い返したんだからさ」 そしてついにアリアはいつもの笑顔ではなく、怒りの感情を露わにした。 「すごくないよ。全然すごくない。今のノトイはすごくかっこ悪いよ」 「え……?」 いきなり調子を変えたアリアにノトイは戸惑った。しかしそんなノトイを他所にアリアはさらに続ける。 「前に言ったよね、ノトイにも他の誰よりもすごい魅力を持ってるって。それは努力を諦めなかったことよ。どんなにやられても、だれに何を言われても文句も言わずに堪えて、だけど決していじけたりせずに努力し続けてたんだよ。私はそんなノトイを尊敬してた。だけど今のあなたは違う。努力を諦めてしまった、ただの力を自慢するいやな奴だわ」 キッとに睨みながらそう言ったアリアは、今まで見たこともないくらいに感情をむき出しにしていた。ノトイはその表情を見て瞬時に自分の失態を思い至るが、それだけではなかった。 「……なんだよ、知った風な口をきくなよ。僕が努力を諦めただって?ああそうだよ。僕は努力することをやめたよ。必死に頑張って、他の誰よりも努力して。その結果があれじゃないか。どんなに頑張ったって誰にも勝てないんだったら、もう努力する必要なんてないじゃないか!」 ノトイも内に秘めた不満を露わにし、真っ向からアリアに衝突する。普段はノトイも感情をあまり外に出さない方だが、唯一の理解者であったアリアから面と向かってかっこ悪いと言われ思わず頭に血がのぼってしまったのだ。 「そういうことじゃない。そういうことじゃないんだよ、ノトイ。誰だっていつでも努力が報われるわけじゃない。どんだけ頑張っても結果がついてこないことだってあるよ。でもそこで努力を諦めたら何も変わらないんだよ」 「黙れよ!結局、アリアに僕の気持なんかわかるはずもなかったんだ。なにをやっても駄目で、いつも上手くいかない僕の気持ちなんて!いいじゃないか、力を手に入れたんだから。強くなったんだから。これで僕は、いつも僕を駄目だ駄目だって言ってたやつらよりも強くなったんだから!」 ノトイは思わず裏路地の壁に強く拳を叩きつけた。拳が激しい痛みに襲われるが、今はそんな痛みさえ気にならなかった。 「いいえ違う!貴方は強くなんかない。他人の力を借りてただ暴力を振るうだけの卑怯者だわ。結局あなた自身の強さは、あなたをバカにしてたやつらよりももっと下だわ!」 「黙れって言ってんだろ!」 「いいえ黙らないわ!ノトイが自分がどれだけくだらないことで威張っているのか、ちゃんとわかるまでは、絶対に黙らない!」 「くそっ……!うるせえ、うるせえよお前ぇ!」 ついにノトイは腰に帯びていた剣を引き抜いてしまう。自分を弱い人だと罵り、挙句の果てにこの力さえも否定するアリアを脅かすために。さすがのアリアも、剣を突きつけられれば口を閉ざすだろうと、ノトイは考えたのだ。 シュリンッと音がして剣が鞘から放たれると、その剣はまっすぐアリアのほうへ向けられる。その剣はいつも以上に禍々しく光っていたが、ノトイはそんなことに気づく余裕さえなかった。 ノトイは息を荒げて剣を持つ。怒りのあまり目は充血し、体も小刻みに震えていた。 「ノトイ……」 しかし、ノトイが剣を抜いたのを見て、アリアはとても悲しそうな顔をした。目から小粒の涙をこぼし、切にノトイのことを心配しているのだ。 そんなアリアを見て、ノトイは冷や水を浴びせられた気分になった。冷静さをいくばくか取り戻し、自分が今どれほど愚かなことをしているかをノトイは悟った。そして剣を放り捨て、今すぐアリアに謝罪しようとした。 しかし、刹那。まだ握られていた剣がノトイの意を反して動き、そのままアリアの方へ吸い込まれていった。 「……え?」 ノトイは自分でも、何が起きたのか即座に理解することができなかった。バロールの意思が込められた剣は、アリアの綺麗な首筋をいとも簡単に切り裂き、そして止まることなく振り切られたのだ。 数秒後、ようやく呪縛から解き放たれたノトイは剣を手放し、動かなくなったアリアの体を揺さぶる。 「アリア……?ねえ!返事してよ、アリア!返事してくれよ!」 ノトイは何度も何度もアリアの体を揺さぶるが、決して返事が返ってくることはなく。ノトイは掠れて声にならない息を吐き出した。 「僕は、なんてことをしてしまったんだ……」 そのうち自然と嗚咽がもれ始め、いつのまにかノトイはアリアの体を強く抱きしめていた。 「アリア……、アリア。ごめん、僕は君を。大切な君の命を、奪ってしまった。アリア、ごめん……」 そしてノトイはアリアの体を強く抱きしめながら、何度も謝罪の言葉を口にした。アリアの体の存在を確かめるように。アリアの魂をここに留まらせるように強く強くずっと抱きしめつづけた。しかし、いつものように心が安らかになるような、優しい笑みを浮かべてくれるアリアの姿は、いつまでたっても見ることはできなかった。
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