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下校時間になり、部活動に勤しむ生徒たちの爽やかな声が響きだす。
私はホームルームが終わってからすぐ約束の中庭に向かったが、私が中庭につく頃には既に相談を持ちかけてきた彼はもう既に到着しており、一つだけあるベンチに腰掛けてスポーツタオルで額の汗をぬぐっていた。
待っていてと伝えてしまったから、急いで来てくれたのかもしれない。
私は申し訳ない気持ちで小走りになり、彼に近づいた。
「ごめんなさい、早かったわね。急かすつもりはなかったんだけど」
「いや、別に、そういうんじゃないから…気にしなくていい」
彼は乱雑にスポーツタオルを鞄にしまって素っ気なく言った。
「そう。じゃあ早速だけど相談ってのを聞かせてくれる?」
「……あ、おう」
「誰か好きな子でもいるの?」
「いや、俺じゃなくて…友達の…その、運命の相手?ってやつを探して欲しくて…」
「今更恥ずかしがらなくていいわよ。あなたの運命の相手を見つければいいのね」
恋愛相談をする時、恥ずかしくなってついこんな風に第三者のフリをする人が稀にいるけれど、時間の無駄だからやめてほしい。
恥ずかしがるのは自由だけれど、相談するっていうならその相手に敬意は払うべきだ。嘘をつくなんてとんでもない。
「違う、本当に俺じゃなくて…」
今まで赤かったはずの顔が不安げに青ざめている。彼は照れているのではない。まさか本当に…。
「え?本気なの?…こんなことあまり聞かないんだけど、何のために?」
驚いた。彼は本当に自分の為ではなく、その友達とやらの運命の人を知りたいらしい。
小学生の頃から今まで散々恋愛の相談を受けてきたが、このケースは初めてだ。
『あの人の好きな人が知りたい』とか『あの子の好みを教えて』とかなら聞かれたこともあったけど、私はその人の『いつか好きになる運命の人』を知ることができても『今好きな人』のことなんてわからないし、好みなんてもってのほかだ。
もちろん、友達の運命の人ってことなら私は探すことができるだろう。
けれど、それはあくまでその友達とやらの同意があればの話だ。プライベートなことだし、ただの友達相手にそんな情報を教えるのはコンプライアンス的にアウトである。
(さてさて、どんな大層な動機があるというのかしら…)
私は値踏みするように彼を見つめた。
彼は意を決したように彷徨わせていた視線を上げ、薄く膜の貼った瞳で真っ直ぐと私の目を見る。
どくん。
その瞳に射抜かれた時、あまりの衝撃に世界が一瞬だけ止まってしまった。
「会わせて、あげたいんだ」
硬い声だった。
私は動き出した世界の中で思わず息を飲む。
その瞳は今にも壊れてしまいそうなダイヤモンドだ。キラキラと危なっかしくて脆いそれを、私はとても美しいと思った。
「…そう、わかった。いいわよ」
ただ合わせてやりたいなんて布団が吹っ飛ぶほどつまらない動機だ。
けれど、彼の言う通りにすればその瞳の美しさの理由が分かる気がした。
私はその理由を、知らなければならない。
「いいのか?」
「ええ、じゃあその友達って人に会わせてもらおうかしら」
そう言うと彼はわかりやすく狼狽えた。
「え、会わなきゃ駄目か?」
「当然でしょ。本人に会わなきゃ何も始められないわよ。名前と生年月日さえあれば大丈夫だと思った?そんなわけないでしょネットの無料占いじゃないんだから」
あっけらかんと言い捨てた私に彼は、あからさまに不満だと顔を歪めて他に方法はないのかなんて聞いてくる。無いわよ。
一貫した私の態度に彼はしばらく頭を抱えて唸ると、渋々というようにある条件を出してきた。
「……っわかった。会わせる。会わせる、が、1つだけ約束してほしい」
「なによ」
「なにを見ても絶対に表情を崩さないでくれ。他人からどう見られているのかをすごく気にするタイプの奴なんだ」
そこまで言われてしまうと、一体私は今からどんな人と対面するのだろうかと逆に興味が湧いてしまう。期待値高まりまくりだ。わくわくすっぞ。
「わかった。任せて」
さっそく表情筋をフル稼働させて真面目そうな顔を作る。頬肉が痙攣しそうだ。
そんな私を念を押すようにジトリと一睨して彼は「頼んだぞ」と釘を刺してきた。
「おけまる水産」
「マジで!マジで頼むぞ?!」
もちろんマジにやらせてもらいますよ。
キューピットってあだ名は伊達じゃないんだってのを教えてあげる。
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