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案内されて着いた場所は普通の一軒家だった。
表札に書かれた名前は隣にいる彼のものとは違うので、ここが彼の言う友達とやらの家だということだと思う。
「いいか?今から中に入るが、絶っっっっ対に表情は崩すなよ?余計なことを喋ったりするのもダメだ」
「なんか条件増えてない?……はいはい、わかったから早く呼び鈴鳴らしなさいよ」
なにか彼はまだ言いたげにしていたが、構わず先を促す。前振りが長いんだよ。その分ハードル上がってるってわかってるの?もうそっとやちょっとのことじゃ驚かないわよ、私。
閑静な住宅街で呼び鈴の音が不恰好に響く。
緊張しているのか、なんだかお互いに気まずくなって黙っていた。
ガチャリ。
目の前の扉から音がする。
鍵を開けた音だった。
逸る気持ちを抑えて顔を引き締める。
ドアノブが独りでに首を下げて、その奥から人影が現れる。扉が、開いた。
「いらっしゃ〜い、今日いつもより遅かったけど掃除当番って今週だっ…た、……」
にこやかに扉から顔を覗かせたのは同い年の男の子だった。まあ、普段接している男の子たちと比べると、肩まで伸びた髪とかゆるゆるのスウェット姿なんかは少しばかり新鮮ではある。
スウェットの彼は私の姿を認識すると、言葉に詰まったままフリーズしてしまった。
「よ、よぉ。遅くなってごめんな。こいつ隣のクラス奴なんだけど……」
「はじめまして。私…」
「…こンの裏切り者おおおおおおおおおおおお!!!!!」
自己紹介しようとした瞬間、怒号と共に空気が削れる勢いで扉が閉まった。
「違う!!誤解!!誤解だから!!!とりあえず家入れて!!!話をしようぜ?!!」
「うるさいうるさい!!!!手ぇ離せよ!!危ねーだろ!!!」
どうやら扉はギリギリのところで閉じるのを阻止していたらしい。恐ろしい瞬発力だ。
「どうせもう俺に愛想が尽きたんだろ?!!そんで次はその隣の女と付き合うのか?!!!勝手にしろよ浮気野郎!!!」
「違う!!本当に違う!!!」
なにやら二人で喚いでいるが、スウェットの方は腹から声が出ていない。発声練習が足りないなと思いつつ、近隣の方に騒音被害を訴えられると困るので、私は恐る恐る仲裁に入る。
………ん?
「え、二人って付き合ってるの?」
藪蛇の一言であった。
ピタリと騒音は止んだものの、二人の視線が痛いほど向けられ、片方は顔を赤くしたり青くした挙句紫になり、もう片方は怒ったような呆れたような顔をして片手で頭を押さえている。
「え、なに。どういう表情なのそれは」
「いや、お前、余計なことは言うなって…」
余計なことだっただろうか?
必要な確認事項だったと思うけれど。
いまいち現状を把握できていない私を恨めしげに見る男の後ろで、
「……し、死ぬしかない」
───スウェット野郎は不穏な言葉を残して家内に消えた。
「落ち着け!!早まるな!!!」
「追え追え追え追え追え!!!!!」
靴を蹴り上げなんとか二階の自室で遺書を書いてるところを確保し、簀巻きにして床に寝かせた。
「も、もう終わりだ…生きていけない…明日から家にゲイだって張り紙貼られて街中でも噂になって親が泣いて、外に出たらホモは生産性のないゴミだって石を投げられるんだ…!!」
「うるさいわねこのネガ男」
打ち上げられた魚みたいにもがく男の胴体を足で軽く押さえつける。
この世の終わりのような顔をしているが、まだ遺書を書けるだけの余裕はあるらしい。
「寝顔?」
「『ネガティブな男』略してネガ男よ」
「ひでえ…」
酷いもんですか。見たままを言葉にしただけよ。
「あなたもこの人のややこしい性格わかってたんだったら付き合ってることとか事前に教えときなさいよ」
「他人からの視線を気にするタイプって言ったし余計なことを言うなとも言ってただろ」
「足りないわよね、情・報・が!むしろ付き合ってるとか一番メインの情報でしょうに。もしかしてあなた目隠しされたまま針穴に糸通せる人なの?針穴小さいし穴の位置ズラすなよって言われたら目隠しでも通せる人?だったら謝るけど」
「す、すまん」
思わずといった様子で萎縮する男の肩を人差し指で突き弾きながら詰め寄る。
「まあいいわ。『ネガ男』と『クチナシ』にいちいち突っかかってても話は進まないし」
「クチナシって俺?」
「で、私はこのネガ男の運命の相手を探せばいいわけ?」
「ちょ、おま…!」
クチナシは焦ったように目を見開く。
その後ろでネガ男が呆然としたまま、頭の中で私の言葉を咀嚼していた。
「…運命?なんだよ、それ…どういうことだよ」
「頼まれたのよ。あなたを運命の相手に会わせてあげたいってこのクチナシが」
「おい!!」
クチナシが咎めるように怒鳴る。
私はそれを冷ややかに一瞥してフンと鼻を鳴らした。
「余計なことを言うなとは言われたけど具体的に何がダメとは言われてないもの。また説明が足りなかったようね、クチナシくん」
憎々しげにこちらを睨んでくる視線に動揺と焦りが見てとれる。余程後ろの彼に嫌われたくないらしい。
私だって依頼主と険悪になることは本意ではない。波風など立たぬよう、なるべく意に沿ったようにしたいとは思っているけれど、譲れないことは私にもある。
「それに、彼に言うことは私が必要だと判断したからよ。今回調べるのはこの人の運命の相手なんだもの。関係ないどころか一番の当事者なのに、自分の知らないところで勝手に話が進んでいるなんて理不尽だわ」
「……」
はっきり私がそう言い切ると、口足らずな彼は罰が悪そうにぐっと言葉を詰まらせる。
彼にも卑怯なことをしているという自覚はあったようだ。
お互いに睨み合う状態が数秒続いた後に、今まで黙りだったネガ男が小さく口を開いた。
「……わかった、いいよ。合わせろよ、俺の運命の相手ってやつにさ」
「え…」
「いいの?あなたが嫌だって言うなら私は無理を強いたくないのだけれど」
もともと良いとは言えない顔色をさらに悪くさせているというのに、ネガ男は首を横に振った。
「そいつが、俺によぉ…会わせたいって言ったんだろ?…なら、俺は会うよ…上等だ」
芋虫のような格好さながら、地を這うような声だ。けれど瞳だけはギラギラと、こちらに噛み付いてきそうなほど強かった。
好きな人に、ましてや恋人に、運命の相手に会ってきてほしいなんて言われた直後だと言うのに、なんて強い意志のこもった瞳だろう。
この数分だけで彼のことを分かったつもりはもちろんないが、彼はもっと涙を流して悲しむものだと思っていたし、彼にはその権利がある。
しかし、どうやら彼は私が思っていたよりも悲壮な精神の持ち主だったようだ。
彼を見くびっていた自分を恥じて、敬意を評し彼の縄を解く。
「私はあなたにも興味が湧いたわ。あなたが良いと言うのなら、ぜひ私にあなたの運命の手助けをさせてちょうだい」
彼の瞳は燃えるルビー。
メラメラといつでもこちらを攻撃できるように燃えている。その炎はルビーの美しさを損なわせることなく、むしろ際立たせている。
ああ、何故こんなにも美しい。
2人の宝石のような瞳が、運命という抗えない壁の前でどう変化するのか。
私は、それが知りたい。
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