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「お前がやったのか!? この酷い有様はお前の仕業か!?」
影はゆっくりと振り返った。
虚ろな目がクレイグを見た。クレイグはまるで黒い穴に見つめられたような気分だった。そして同時に確信した。こいつの仕業だ。街をめちゃくちゃにしたのはこいつだ、と。
「君は俺が誰だか知っているのか?」
「あぁ、知っているとも。お前はこの町を破壊した犯罪者だ!!」
「違う!!」
影は絶叫した。
一歩、二歩と影がクレイグに近づき、やがてその姿が見えた。
ぼろぼろの服を着た小汚い男だった。白髪混じりのごま塩頭。無精髭と皴だらけの顔。
汗をだらだらと垂らしているが、どこにも傷の一つも無かった。
「違う違う違う!!」
男は汗を飛び散らせながらかぶりを振る。
「何が違う!! 見ろこの有様を!! どれだけ壊した? 何人殺した?」
「違う。それはそいつらが……」
指さす先には肉の塊が転がっていた。
「黙れ、お前は犯罪者だ。そうで無いなら何だ、言ってみろ!!」
「俺は……俺は……」
「俺は何だ!?」
「勇者だ!! 勇者ハルステッド。その名は聞いたことあるだろう?」
男の口から飛び出したその名を、知っていた。いや、国中のだれもが知る名だ。かつてこの国に訪れた危機を救ったという勇者の物語の主人公。それこそがハルステッドだ。
「かつて魔王と戦い、勝ち、世界を平和に導いた勇者だ!!」
「嘘を吐くな!! 勇者がなぜこんなことをする? なぜ平和を脅かすのだ!!」
「誰も……誰も知らないんだ俺のことを……誰も……」
「答えろ!! なぜこんな事をするのだ!!」
「なぜ誰も知らない? なぜみんな俺を忘れてしまったんだ? 勇者だぞ、俺は!!」
影がそう叫ぶと同時に、彼の付き出した手から一筋の光が放たれた。咄嗟に身を捩った彼の肩を、光が貫通する。
「ぐああああっ」
焼けつく痛みと衝撃で、クレイグの体はその場に倒れた。
焼け焦げた穴からは血と共に、焦げ臭いにおいが立ち上る。
「邪魔をするな。殺すつもりなんて無い。俺はただ、もう一度伝説を作りたいだけなんだ……そうさ、デービスが居れば……何度でも……」
影はそう言い残し立ち去って行った。その影に追いすがろうとするクレイグだが、暑さと傷み、そして出血のせいですぐには動くことができなかった。
「くそぉぉぉ!!」
クレイグの叫びは、燃え盛り崩れ行く街の音にかき消された。
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