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デービスは、クレイグの効く準備が整ったのを見て、口を開いた。
「まず、彼の正体はコーウェン。かつて、勇者の一行として魔王討伐に尽力した魔導士です」
「コーウェン……?」
聞き覚えの無い名前に首を傾げるクレイグ。
「どうやらご存じないようですね。まあ、仕方のないことかもしれません」
「というと?」
「彼はとにかく人前に出るのを嫌がりました。各国の王に会う際も、彼だけは宿で待機などよくあった物です」
「なぜ……?」
「さあ? 彼は魔導士として優れていましたが、性格的には確かに問題がありました」
「そんな奴がなぜ……」
だが、クレイグの言葉を遮って、デービスはさらに話を続けた。
「魔王討伐後も彼は城勤めや英雄扱いを嫌がり、自分の薄暗い研究所へ戻っていきました」
「それがなぜ、今になって……」
分かりません、と言いながらデービスは小さく左右に首を振った。
「ですが、数年前から彼の研究は行き詰まっていました。それを見かねた彼の妻は出て行ってしまったと……」
沈痛な面持ちでデービスはそう言って、一つため息を吐いた。
「そう言う事が積み重なって、今回の悲劇を生みだしたのかもしれませんね」
「なぜ自らを勇者と?」
「さあ? かつて勇者の一行にいたことは事実ですから、そこから思考が発展して自分が勇者だと思い込んだのかも」
「そんな事があるのでしょうか……」
首をかしげるクレイグ。デービスの目が少しだけ煩わしそうな色を浮かべた。
「そうですね……。彼は妻を愛していたようです。ですから、どうにか取り戻そうとしているうちに、自分を勇者だと思い込むようにになったのでは?」
「勇者ならば、妻は戻ってくるに違いないと?」
言葉を飲み込むように少しゆっくりした口調でクレイグは言った。それから、考えるようなしぐさを見せた後、小さくため息を吐いた。
「悲しい……ですね」
「ええ、とても」
そう言いながら、デービスの顔は少し穏やかにも見えた。
「隊長は、どうするおつもりでしょうか?」
「まあ、これほどの騒ぎを起こしたわけですから……」
「殺してしまうのですか?」
「仕方のない事でしょうね」
ため息を吐き、諦めているかのように見えたデービスをみて、クレイグは思わず立ち上がった。
「ダメです、殺しては」
「は?」
「だって、かつての仲間でしょう? 窮地に陥った仲間ですよ? 殺していいはずがありません」
「いやでも……」
「確かに罪は大きい。けれども、償うチャンスを与えるべきです。恐らく、精神的な錯乱状態に陥っているのですから、少なくとも治療して、出直すチャンスを……」
熱弁を振るうクレイグを、デービスは呆れたように見ていた。
「彼は街を破壊しているのですよ?」
「私も最初は怒りにおかしくなりそうでした。けど、事情が分かれば、同情の余地はあります」
「それは優しすぎるのでは?」
「隊長を止めないと。デービスさんも手伝ってください」
「それは無理です。あなたも止めた方が良い。あの二人の戦いに割り込むのは自殺と一緒だ」
「それでも、勇者様ならばきっと殺したりはしないはずです。仲間や人々を大切になさるはず」
クレイグの言葉にデービスは驚いたような顔をして、それから大笑いをした。
「な……何がおかしいのですか?」
「いやいや、失礼。普通の方は勇者殿を見ているのかをダイレクトに知ってしまったものでつい」
「どういうことです?」
「いやまあ、勇敢な人ではありましたよ。いや、あれは無謀と言うのかな。まあ、そのせいで色々と苦労も……。まあいいでしょう。行ってみましょうか」
デービスはそう言って立ち上がった。
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