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酒場
細い通りを歩いていた男は、ふと喉の渇きを感じた。
周囲を見回すと、酒場の看板が見えた。
近寄ってみれば、どうやら営業しているらしかった。
昼酒をたしなむものも多いのだろう、と思い、男はそう言う連中に軽く感謝をした。
「水を飲ませてもらうとしよう」
誰にともなくそう呟いて、彼は酒場へと入って行った。
昼の酒場に客はおらず、若い見習いのバーテンダーだけが店番を任されていた。
日は当たらない癖に室内の気温は高かった。客も来ないため、ただ暇だった。おかげで余計に暑さを感じていた。店の主人から、売り物に手を付けたらクビだと言われていたため、彼はひたすらカウンターの内側で立っているしかなかった。
「暑い……。早く涼しくなれってんだ」
見習いはイライラしていた。
自分だけが貧乏くじを引かされた哀れな男だと感じていた。
だから、もし今客が入って来たら、多少イライラをぶつけるぐらいは許されると思っていた。
そこへ入ってきたのが身なりの汚い男だった。
おまけに汗をぽたぽたと垂らして、来ているぼろ服にも汗染みが出来ている。
寄りにも寄ってこんな薄汚い奴か、と見習いは露骨に顔をしかめた。
男はそれに何ら不快な様子を見せたりはしなかった。
ただ、カウンターに近づき、見習いにこう言った。
「水を一杯飲ませてくれ」
「タダで飲ませる水なんかねぇよ」
「ああ、それもそうか。いくらだ? 小銭なら持ってる」
男はカウンターの上にポケットから出した銅貨を何枚か置いた。
「そんなはした金で飲ませられるかよ。この時間の水は貴重なんだからな」
「そうはいっても喉が渇いているんだよ。頼む、この金で貰えるだけの水で良い」
「ダメだね。お前みたいなのに飲ませる水なんかねぇよ」
「何だと!!」
男は怒鳴り、カウンターをバン、と叩いた。ミシィッと頑丈な木材で作られているはずのカウンターが軋んだ。
「貴様、俺が誰だか知っているのか?」
銅貨が一瞬宙に浮き、もう一度落ちてきてカウンターの上で甲高い音を立てる。
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