酒場 2

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 人だかりをかき分けた先には酒場の入り口があった。  開いている入り口から中を覗き込む。顔を突っ込んだ途端、むせる程の血の匂いを感じて思わずクレイグは口と鼻を手で覆った。 「おい、何があった」  店の外から声をかけるが、返事は無かった。  中へ入ると、でっぷりと太った初老の男が、店の椅子に腰かけて悲しな顔をしたまま一点を見つめていた。 「何があった?」  初老の男は、そのソーセージのような指で見つめていた壁の方を指さした。  そこには、壁についた血の染みと、その真下で首をおかしな方向に曲げて絶命している若い男の死体があった。 「あっしはね、そいつに店番を任して奥にいたんです」  初老の男がぽつぽつと話すことによれば、彼はこの酒場の店主だという。見習いに店番を任せて、近くにある自宅に帰っていたのだと言う。 「それで、今日は暑いから水はいくらでも飲んでも良いって言いに行ったんですよ」 「なる程、それで店に来たら?」 「そうなんです。この有様ですよ。あっしはどうしたら良いんだかわかんなくて……」 「何か盗られたものはあるか? 金は無事か?」 「ええ、不思議な事に金は無事でした。酒もね。強いて言うなら、水袋が無くなってたなぁ」 「それだけか?」  店の主人はだぶついた肉を震わせながら首を左右に振った。 「カウンターの上に、銅貨が四枚置いてありました」 「銅貨?」 「ええ、でもグラスもジョッキも使った形跡は無いんです」 「すると、水袋の代金という事か?」 「後は、水ですね」 「減っていたのか?」 「ええまあ」  銅貨四枚だと、水袋代には足りませんけどね。どうでも良いと言った口調で、店主はそう言ってため息を吐いた。  ツルハシを置いて行った男も汗だくだった。この暑さでは汗をかいていない方が不自然だが。  ひょっとするとツルハシを置いて行った男が水を貰いに来たのかもしれないという考えが、クレイグの中で閃いた。彼がクレイグの考える通り怪力であれば……。そこまで考えて、クレイグは軽く頭を振った。それにしても人一人を壁に投げ飛ばして殺すなんて尋常な力ではない。店員を殺しておいて代金らしき小銭を置いていく。この行動は明らかに異常だった。 「応援を呼んで来い」 「はい?」 「応援だ。このまま放っておくわけにはいかない」  クレイグがひと睨みすると、部下は慌てたように店を出て行った。 「ところで主人、この若者の接客に問題は?」 「……たまに、イラつくと小競り合いになる事はありましたね……」 「そうか……」  カウンターに小銭を置き、これで飲めるだけの水をくれと言った可能性がある。その後、水は売れないと店員が突っぱねて最悪の結果になった可能性も捨てきれなかった。 「そんなことだけで殺されたんですか?」  店主はがっくりと項垂れた。確かにそれだけの事だが、そもそもこの辺りの治安はあまり良くない。こんな暑い日だとそれが癇に障るような事も少なからずあったのかもしれない。
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