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ほんの十年前には信じるのも難しい怪奇現象が、現在では平凡な、ありふれたものとなってしまっていた。
大昔と言うにはまだ早い、今から二十数年前。二十一世紀の半ば頃から、それまで人々が見たことが無い奇怪な動物が頻繁に見られるようになっていた。人が立ち入ったことが無い未開のジャングルで新種が発見されたのではない。人が密集する都会で、それらのグロテスクな動物たちは目撃された。
それらの動物は哺乳類でも爬虫類でも、鳥でも魚でも昆虫でもなく、しかし、それら全てだった。と言うのも、大抵、一個体に多くの要素が合わさっていた。
例えば、ヤギの胴体を人間の脚が支え、頂点に載っているのが魚の頭部。例えば、鶏の形の脚が五本生えたカエルの腹部の上に猿の胸部、更にその上にある頭部には鼻も口もなく、巨大な一つ目が睨むのみ。例えば、十本脚のトカゲの背中に烏の翼が三対、尾っぽは馬のそれで、頭部の顔は人間の美女。
それらの動物は大人しく闇の中を隠れるように移動するものもあれば、従来から知られている野生動物以上に激しい攻撃を人間や家畜与えてくるものもあった。事件が度々起こされるようになると、自治体では得体の知れない動物が目撃された時点で注意喚起の情報が流されるようになり、警察や消防団、ボランティア団体がその動物の生死に関わらない捕獲に向かった。
捕獲された謎の動物たちは、生体にしろ死体しろ生物学者らに研究材料として届けられることが多かった。しかし、学者たちが解体や遺伝子の鑑定をしても、既存の動物との共通する要素は全く見当たらず、新種の動物たちの謎は深まるばかりだった。
人々は謎の動物たちの発生源について、様々な説を論じた。電磁波や温暖化の影響、隕石に付着していた細菌による変異、宇宙人が地球人を滅亡させるために送り込んできたのだ言い出す者もいた。だが、それらの説はある日突然ネット上で公開された映像をきっかけに、否定されることになった。
その映像とは、都会の路地に現れた直径六十センチほどの暗く円い穴から、四十センチほどの体長の哺乳類らしき一匹と、十センチ弱の昆虫を思わせる甲殻生物五匹が這い出てくるという光景を映したものだった。
円はブラックホールに思わせる闇を湛え、しかし、周りを縁取るのは光ではなく、水の波紋に似た揺らぎで歪んだ後ろの風景だった。穴は異形の動物六匹を吐き出してしまうと、するすると縮んで消滅し、後はどこにでもある薄暗い路地が映るだけだった。
その映像がネット上に流された直後は、世間は面白がりはすれど加工された代物と思い、本当にあった出来事だとは受け取らなかった。しかし、その映像はひと時世間を賑わせるだけでは終わらなかった。
同じような現象を見たという証言が続出し、似たような映像が他の地域の都市の他の人間からも数多く発信された。テレビ局でも特集が組まれ、テレビカメラでもその怪奇現象が捉えられるようになった。
数多の証拠が集まったところで、いよいよ謎の動物の発生が収まらない都市を持つ各国の政府は、謎の穴と動物についての本格的な調査を始め、国際的な研究機関まで創設したのだった。
闇としか表現できない空間から現れる動物の類は、いつしか従来から存在する動物と区別するため、「闇動物」と呼ばれるようになった。
野生動物と比べても獰猛なものが多く、人に害をなす闇動物は大抵の人々に忌み嫌われたが、一部の奇特な人々からはその見かけの不気味さと異様さとでかえって興味を持たれた。「かわいい」「いやされる」などと言われ始め、闇動物を模したゆるキャラまで登場すると、国際的に禁止されているのにも関わらず、非合法の取引で手に入れたり、自分で捕獲したりした闇動物を個人で飼育をする人間まで現れた。ペットとして飼われていた闇動物が逃げ出し、人や家畜を傷つけるという事件が多発し、社会問題化していった。
一方、寄せられた目撃情報から闇動物を探し、捕獲し、分析し、飼育または処分するという一連の作業は常に予算と人手とが不足し続けていた。
今から十年前。とどまることを知らない闇動物の発生に悩むある一都市の市長が、画期的な案を打ち出した。捕獲した闇動物を一般に公開する施設を作り、入場料の売り上げで闇動物対策にかかる費用をまかなおうとしたのだ。
闇動物園と名付けられたその施設は当初、まさか害獣を見たがる物好きはそういるまいと失敗すると思われたが、予想を裏切り、その施設の来園者数は天井知らず、大好評を博した。その実績に目を瞠った他の自治体も同様の施設を続々と建設し、今や闇動物園は日本だけでも二十以上を数える。
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