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「七瀬未早。……みはや? へー、珍しい名前だな」
「あぁ、よく言われる」
珍しいっていうか、「変」と。
入学式を終えてからそう経っていない、目新しい教室でクラスメイトに話しかけられた。名前が変わってるな、って……あの人にも言われたのを思い出しながら。
「よろしくな、未早。俺は遠田リョウ。席も目の前だし、色々訊くと思うけどウザがらないでね」
リョウと名乗る目の前の少年は無邪気に笑った。俺もすぐに頷いて、よろしくと返した。
まだクラスに完全に馴染めていない手前ほっとする。この学校は自分の学力の限界を越え、無理やり入学したと言ってもいいほどの進学校だった。おまけに男子校だし、熱血スポーツマンかお堅いエリート君しかいないんじゃないかと心配していたけど……休み時間の雰囲気は中学と変わらないし、みんなフレンドリーでホッとした。
「未早は何でこの学校を選んだん?」
「えっ。えーと……」
突然の質問に戸惑ったけど、隠してもしょうがない。少しだけ間を置いて静かに告げた。
「あ……会いたい人がいるんだ」
「会いたい人ぉ? 何か面白そうだな、もっと詳しく!」
「いやいや、別に面白い話じゃないからさ」
食い気味に訊いてくるリョウの肩を押して、上手い言い訳を考えてると担任の男の教師が叫んだ。
「みんな。今から軽く部活の説明会をするから、体育館に移動するように」
……きた。
部活なら、絶対に会えるはずだ。“あの人”に。
「よし。未早、さっそく体育館行こうぜ」
「あぁ。リョウは入りたい部活とかあるの?」
「全っ然。俺中学の時一年だけ陸上部入ってたんだけど、親に勉強するように言われて辞めたんだ。それからはのめり込むモンも特になくてさ」
体育館に着いてから、リョウと指定された場所につく。
「この高校受かったらある程度好きなこと始めていいって言われたけど。何か今さら、って感じ。バイトでもしよっかな~」
「バイト先で可愛い先輩と出逢えるかもしれないしな」
「それそれ! そういうこと考えるとむちゃくちゃやる気上がる!」
雑談中も各部活が活動内容を説明し、出し物等を披露していた。文化部も体育部も見てて飽きないクオリティの高さで、やっぱり中学とは違うと再認識した。
しかし心はずっと落ち着かない。目的の部活の順番が回ってくるまで指を折ったり伸ばしたり繰り返した。
────あの人は吹奏楽部にいるはずだ。
あ、なんならリョウも誘ってみようか。学校変わって楽器を変える奴は珍しくないし、まだ一年だから初心者だって練習する時間はたっぷりある。
「次は吹奏楽部です」
待ちに待った言葉に、それらの思考は強制終了した。視線はただ一点、正面のステージへ。
吹奏楽部はステージ上で、三年のみの編成で演奏。……だったんだけど。
「あれ……」
あの人がいない。
どれだけ捜して見ても、会いたいはずの彼の姿はなかった。
「未早、どうかした?」
「い、いや……」
何でだろう。
あの人は絶対にこの学校に入学した。入学したからには、絶対に吹奏楽部に入ってると思った。
なのにどうして。今日たまたま休んでるとか?
けど、そんな期待はすぐに崩れ落ちた。部長の説明では三年生の人数とステージにいる人数は合致している。
それから最後までオリエンテーションを見ていても、あの人の姿はなかった。
「未早、会いたい人って三年?」
「え、何で」
「だって、話聴くってよりメッチャ真剣に見回してるからさ。見つかった?」
意外と言うと失礼かもしれないけど、リョウは俺のことをよく見ていた。
「いや。いなかった。おかしいね、アハハ」
とりあえず笑って誤魔化した。実はかなりショックを受けてることがバレないように。
「この学校にいるのは確かなんだ。でも、その後嫌われるのが怖くて……あんまり連絡のやりとりはしなかった。てっきり、中学の時と同じ吹奏楽部に入ってると思ったんだけど」
「そっか……いや、そんなに会いたい先輩ならもっと連絡とれよ! お前って何つーか……ピュアだな。その控えめさは恋する乙女レベルだぞ」
「う、うん。ははは……」
ピュアとか乙女とか言われても苦笑しか出てこない。ちょっと、予想以上にダメージでかいのかも。
……でも本当は一度だけ、彼が卒業してから連絡をとってる。その時彼はこの学校で楽しくやってると言っていたけど。
リョウの言うとおり連絡をとれば良かった。
そうだ、俺バカすぎる。本当に部活に入ってたら文化祭とかコンクールとか、もっと演奏会の招待の話が中学に来るはずなのに。
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