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1・小娘はわがままである。
ひゅう――と風が一筋、オレたちの傍らを吹き抜けていく。
乾いた風が、人気の少ないその道をさらに寒々しく見せて、オレは目を細めた。
汚らしい建物と、建物の残骸のようなモノばかりが点々と並んで、どこからか犬だか何だかのうなり声が聞こえつつ、いやーな感じの腐臭も漂っている……まあ、ひらたく言えば見かけはスラムに近い。
連れの嬉しそうな声が、場違いすぎるほど明るく響いていた。通りのいい、高い声で――
「面白そうな場所だの……!」
連れの手にしっかりと握られている、すでにボロボロの地図を見下ろしながら、オレは……ものすごくいやな予感がしていた。
※ ※ ※ ※ ※
見るからに「近づきたくない場所」というものは、どこにでも存在するもんだ。
まあ、ある種の人間なら喜んで利用するような施設なのは確かだが……。いや、別に偏見じゃない。偏見じゃねえっつの。ただな、
「……ここに入りたいのか? お前……」
「うむ」
オレの隣にいた女が、重々しくうなずいた。
「このような建物は初めて見た。実に興味深い」
「……たぶん興味持たなかったほうが正解だぞ」
オレはため息をついた。
隣で、なぜじゃ? と不思議そうに連れの女が――いや、女の子がオレを見上げる。
……年のころは十歳くらいだろうか。昨今子どもの歳ってのは意外と見た目では分からないものだが、おそらく十人が見たら八人くらいはこれくらいの年齢だと思うだろう。
ただしこいつを見た大半の人間は、年齢なんかより先に、別のことに気を取られるに違いない。
波打つ長い銀髪。どっから見ても子どもな表情しかしねえくせに、不釣り合いなほど常に光をたたえる神秘な紫の瞳。
その色彩は抜けるように白く無垢な――こんな言葉使いたかねぇが――肌をまったく阻害しえなかった。むしろあまりに似合いすぎる。
そんな、この国では滅多にお目にかかれない色を持つ上に、顔立ちに至ってはもう、説明するのもうんざりだ。つーかこんな小さな子どもの容姿のよさを真顔でつらつら語るような男は気持ちが悪いだろ。各自適当に想像してくれ――オレにしてみれば、そのこと自体はどうでもいいんだ。
重要なのは、要するにこいつがひどく目立つ小娘だってことだ。
それでなくとも、こんなガキともう二十を過ぎた男が二人きりで旅をしてるなんてぇのは、周囲の好奇の目にさらされるっつーのによ。
あ? オレは二十二だ。悪いか。
「さっきから何をブツブツ言っているのじゃ、おぬし」
オレの服のすそをくいくい引っ張りながら、オレの頭痛のタネが不思議そうに訊いてきやがる。
ほっとけ。独り言の癖がついたのは、お前と出会ってからなんだよ。
「とにかくなーシャラ。ここには入らねーほうがいろいろ身のためだ。もっとマシなとこ行くぞ」
「いやじゃ」
「………」
「わらわの言うことには、おぬしは逆らえぬ」
言って、銀髪の子供は――シャラエリラは、えらそうに胸を張った。
ちなみにこいつにはまだ胸がない。ときどきやたら女ぶるが、色気もくそもな――
げしっ
「……おぬし今、わらわをブジョクしたであろう」
「……今は何も言ってねえぞ。独り言も」
「おぬしの考えていることなぞお見通しじゃ」
ぷん、と口調のわりに子供っぽい仕種で、シャラはそっぽを向いた。
……思い切り蹴飛ばされたすねが痛くて、機嫌をとるどころじゃねえ。
「くそ……マジいてえ。このやろ……」
「そうであろう」
突然シャラはこっちを向いて、キラリとその瞳を光らせた。
「痛いのだろう? では、ここに入って休もう」
「……。もう治った。じゃあ行くぞ」
「いやじゃ!!」
ぎゅうとオレの服を握りしめて、今度はバタバタ暴れだす。
「いやじゃ……! わらわは今夜、ここに泊まる! ここがいい……!」
「阿呆! もう少し進みゃいくらでも他の宿があるっての! わざわざこんなトコにすんな――」
「ここがいい!!!」
怒鳴れば三倍返しのキンキン声が返ってくる。
思わず耳をふさいで、冗談じゃねえぞとオレは心の中で毒づいた。
シャラをにらみつけたまま、視界の端でひそかに目の前の建物を確認する。
ここら辺の他の建物と変わりなく、見た目はぼろぼろな乾いた土壁の建物だ。二階建てである。おそらく一回潰れた何かの店を再利用しているに違いない。
この町はワケあって一度住民が離散したあと、数年経ってから以前とは違う移住者が集まり形を成したという来歴がある。
新しい住民は新しく建物を造ろうという気はなかったようだ。――そんな前向きに生きられる状態の連中ではなかったのだから。
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