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3・小娘は大食らいである。
宿屋が店内に設けているのは、普通は酒場だ。
だが、中には“喫茶店”だの”お食事処”だの……酒場とは違い、アルコールよりも軽食を主として出す食堂を作るところもある。
何にせよその手のタイプの宿屋は、比較的最近、西大陸から発生してきた。よって、東方出身のオレは詳しくない。
「ん……むぐ……つまりっ。はむ。んぐんぐお前の故郷ではもぐ酒場のほうが……主流なのか?」
「……食うかしゃべるかどっちかにしろ」
「む……そうは思っておるのだが……」
ごくん、と口の中のものを飲み込んで、シャラは一息ついた。
「……なかなかうまくての」
「………」
特に否定もせず、オレもパンケーキのかけらを口に放り込んだ。
建物の一階。ここに食堂があるのは、大抵の宿屋と同じだ。ただしオレがよく知っている宿屋は基本的に店に入ったらそこがもう酒場になっているものであり、さっきのように『受付』なんぞない。
そしてこの店の場合は、その『受付』の奥の扉をくぐるとそこが食堂になっていた。
この形態が西大陸のやり方なのかどうかは不明だ。そもそもこの町はどこから来たかもしれない移民が集まってできた町なわけで、西大陸のやり方どころか独自の新しいシステムを生み出していても何もおかしくはないだろう。
今、シャラとオレは二人で小さな食堂の端のテーブルを陣取っている。他に客は一人もいない。シャラはそれをしきりに不思議がり、また「もっと真ん中のテーブルがよい!」とわめいたが、オレは無理やり端に連れてきた。
いっくら他に人目がないからっつって……あんまり堂々としちゃいられねえだろうが、こんな場所じゃ。
――先ほどの受付嬢の、嫌悪感を通り越したいやに微笑ましげな視線を思い出し、オレは憂鬱になる。
だが、それと食事は別の話だ。
こんなさびれた土地にある食堂だから、どうせ食い物もろくなもんがねえだろうとオレも予想していたんだが、ハズレだった。
もっとも、人影のまったくない――つまり農業も酪農もしている様子のないこの町が、どうやってこんなうまい料理を用意しているのかというナゾについてはオレは皮肉に唇を歪める。もちろん、目の前の小娘はそんな謎にたどりついてさえいない。
シャラはその小さな体に似合わず大食らいだ。子どもだからと少なめに出てきた料理に不満を唱え、最終的にオレの倍の量の料理を注文しやがった。成人の男であるところのオレでさえ到底受け付けそうにない量が、小さな体に吸い込まれていくそのさまはまるで魔法だ。
そんな小娘の食欲を毎日毎日見続けてきたオレは、たまにシャラの胃袋に吸収される悪夢を見ては飛び起きるという、実に理不尽な呪いにかかっている。
しかもシャラは食べるのが速い。オレの倍の量を、オレより速く食べ終わる。
となれば、ふつうだったら食べ方が汚いに違いないと予想されるのだが……
なぜか、シャラのそれはさほど汚いわけではなかった。大口を開けるあたり行儀は悪いのだが、それくらい子どもなら珍しくない、という程度の食べ方だ。食べながら喋ることがあるのは辟易するものの、それが常というわけでもなく、それ以外のときは音も抑えめで、何より食べこぼさない。
そして。
呑み込んだあとは満足そうに、無邪気な笑みを浮かべやがるのだ。そう、ちょうど今のように。
「んむ。これで魚料理があれば文句はないのだが」
「無理言うんじゃねえよ。ここから海までどれくらい距離があると思ってんだ」
「海はなくとも川があろう? わらわは地図に大きな川があるのを見たぞ」
「……地理条件ってのは、いろいろ都合があンだよ」
シャラが不満を視線にのせてオレを見るので、オレは肩をすくめた。面倒くさいが仕方ねえ。
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