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面影
「失礼します」
控えめなノックと同時に探偵社のドアが開いた。
応接室のソファに横になっていた梶原は、顔の雑誌の隙間から侵入者を窺う。
顔を見なくても誰かは、声でわかっている。
そばを通過しようとした女の手を取り、引き寄せて言う。
「きゃっ…!」
梶原の胸に女の顔が乗る体勢になり、
これがドラマならテレビの前で悲鳴が上がるだろう。
「やぁ、深月。久しぶりだねぇ。会いに来てくれたのかい?」
この至近距離で梶原に見つめられたなら、動けなくなる女性が多い中、
美人の幼なじみは、特に驚きもせず、抵抗もしない。
会えばこの調子で抱きついてくるのは、いつものこと。
二人を知る者は、大型犬と飼い主だという。
「…またここで寝てたの? 家に帰りなさいよ」
収録先やロケ地が近いとき、梶原は必ずこの事務所で寝ている。
「ここに来ないと君に会えないじゃないかぁ~…」
「連絡すればいいでしょ? それより他に誰かいないの? お客さんよ?」
「ん? 今日は、依頼人の予約はないはずだが…」
起き上がってホワイトボードの予約欄を見れば空白だ。
その際、深月の後ろに目をやれば。
いくら子供の頃からの幼なじみとはいえ20代の男女。
梶原と深月の関係をどう取ったのか、所在なげに立っている女性がいた。
幼なじみの欲目を抜きにしても、深月の方が美人だが。
やってきた女性もなかなかの美人だ。
梶原達の声にランチから帰ってきたスタッフが対応し、
深月は一階の書店へ戻っていった。
聞こえてきた会話から女性の言葉には、東北訛りがあった。
そして梶原は、思い出し、急いで帰宅する。
自分にも猫のような、気まぐれな同居人がいたことを――。
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