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第1話
俺は夕日に照らされた堤防の上を、頭一つ分小さい彼女と歩いている。歩いている途中、俺は目を細めて彼女の横顔を眺めていた。
すると、こちらに振り向いた彼女は俺を不思議そうな顔で見た。
「慧、なにしているの?もしかして花粉?」
「そんなことないよ、だいたい花粉症だったらマスクぐらい付けるだろ」
俺は彼女に対してできるだけ自然な態度を心がける。
「まあ、それもそっかぁ。じゃあなんで?」
彼女は首を右に左にと曲げながら、うーんと唸っている。
「なんでってぇ……本当にしょうもないから言えないな」
「えー、言ってよー」
そんな彼女を見て俺は、よし、スムーズに話が進んでいると、心の中でこぶしを握った。
「じゃあ、どんなにおかしくても笑わない?」
「うん!笑わない」
ふう、と俺は一度深呼吸をする。
「あのな、こうやって目を細めて見ると、映画のワンシーンのように思えるんだ。ああ、これはあの映画のようだなとか、ここに行きつくまでにああいう物語があるんだろうなって」
話し終わるや否や彼女は腹を抱えて笑った。
「はっはは、面白すぎて腹が痛い」
「笑わないって言ったじゃないか」
「ごめん、どんな答えでも笑わないと思っていたけど……その答えは反則だよ」
「いいだろ別に」
すると彼女、
「あれれ、顔が赤いですよ」
面白がって俺の腹をつついてくる。
俺はそっぽを向く。
「慧、見て見て」
彼女が盛んに話しかけてくるので、俺は彼女方に振りむいた。
すると、そこには目を細めている顔があった。
「どうよ、私の顔」
「あはは、なかなかひどいな、なんだか怒っているような、困っているようなふしぎな顔をしているよ」
「やっぱそう思うよね、ちなみにこれはさっきの慧の顔の真似だから」
「そんなにひどい顔だった?」
「うん、本当にひどかった。でも、慧の言う通りこうやって目を細めて見ていると、いつも見ている風景とはまるで違う、どこか別の世界のように感じるよ」
そう言った彼女は俺の前に飛び出して、大きく目を見開いた。
「でもね、慧、私を見るときはしっかりと目を開けてみて欲しいな」
すべて起きることが分かっていても、それがたとえ本当の俺に向けてではなくても、この瞬間、俺はいつもドキッとしてしまう。
そしていつものように、ぼんやりと俺の視界には無数の靄がかかって、やがて闇となった。
はっ
少し開けた視界には、暗く閉ざされた自分の部屋がある。カーテンの隙間からは、僅かに太陽の光漏れていて、それが無ければ、俺はまだ夜だと思ったに違いない。
俺は両腕を天井に向かって伸ばすと、そのまま流れるように姿勢を横に傾けた。すると今度は目の前の枕元に、何冊もの本が乱雑に積み上がっていた。俺はそのうちの一冊、赤茶色に変色した本を無意識のうちに手に取り、広げた。
俺は広げたその本を顔に近づけると、そこからはツーンとどこか落ち着く、懐かしいにおいが漂ってくる。
俺は記憶をフル回転で探るとひとつの結論に至る。たぶん母の匂いだと。思わず俺はこの本の題名を見た。そこには母が大好きな本の名前がある。母の一番大切な本だ。俺がよく知る物語だ。
しかし、なぜこの本がここにあったのだろう。確かこの本は母が病室に持っていったはずなのに。
そうやって考え込むうちに、また眠くなってきた。
そうやって俺はまた、夢を見る。
そうやって……。
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