月夜ノ物語

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「今宵は、どうかおそばに…」  「悲しい、お寂しいお気持ちは、よくわかりますが…。私が、ここにいるのは…その…」 やはり私に色恋は、苦手だ。 「わたくしを、抱くと仰せになられますか…?」 言いよどんでいるとあっさり言葉にされてしまう。 「わたくしは、己のためにおそばに、と望んでいるのではありません…」 「…姫…?」 「本当は、わたくしよりも、つらいのがわかるから、…おそばにいたいのです…」 「……」 あの方が、…そう望んだように…。 初めから左京の宮様にわたくしを託すおつもりだったのだ…。   姫は私の想いを知っていた…。 知っていたけれど、この人は右京の宮を愛していた。 私のものではないこの人が、誰を愛そうと私には、止められない…。 恋や、愛は誰にも止められぬものではない。 強い力があるのだ。 私が今も、姫を想い続けているように…。 愛もないのに、姫のそばにいるのはつらかった。つらかったけれど、… 「左京の宮様の方が、…きっとおつらいでしょう」 私の頬に手を伸ばされたとき、私の中の理性は途絶えた。 ほしかったものが、悲しみと共にこの手にある…。  悲しみを共有し、浄化する儀式のようだ。 シュル…衣擦れの音が淫靡に囁き。 駆り立てられるように強く、私は、姫を抱いた。   初めて見る肌の白さ。 まるで陶器のように美しく…背負われた傷を見ても、 月の模様のように(クレーターのこと)私は動じなかった…。 むしろ愛おしく…、私を受け入れて下さったことに、私は涙していた…。 「…あ、…っあ、…さ、ま…」 受け入れた欲望の器は、きれぎれにせつなく。 甘い声で、私を誘惑した。 吸い付くように、うごめくそこは、強く私自身をしめつける。 「あ、あ、…あ、あ、ああ…」 「…ここにいる…。一人にしない…」 「も、…う…」  「ずっと、…」 「あ、ああ…」 「…あなたは、私といる…」 私は、月が垣間見せた夢に身を委ねた。  この夜を、境に桜姫は、長く正室を迎えなかった私の妻になった。   妻となられた今もなお。 時々、悲しい瞳をなさる。 狭い心だとお思いになるだろうか。 小さな男とお笑いになるだろうか。 あなたは、宮をお忘れにはならない。 死人は、生きる人の心でしか生きられぬ。真実。 生きておられた頃よりも、色鮮やかに。 あなた様の胸で、生きておられるのだろう。 私の生涯。 限られたときの中で。 ただ一度。 そして。 最初で。最後のこの恋は。 永久に花開かぬのだ……。 だが、それでも、それでも。 私はこの桜が愛しい……。 愛しくてならぬ。  狂っているのだ。 ……私は。 あの月が、妖艶さを仕掛け、私を狂わせた…。
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