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序章
彼は──淡々とした黒い瞳で、自室の大窓から外を眺めていた。
窓の外では暗雲が立ち込め、昼間とは思えないほど空が暗い。
どこか遠くでビカッと稲妻が光って落ちた。
まるで天地を引き裂く様だ。
「──それで?」
と、ワイズ国の第一王子、アルケット・クロゼール・ワイズナーは、黒い瞳を家来へ向ける。
「──それで、何だったかな?」
いいながらアルケットが、ビリビリに破かれた封書を自然な動作でその辺へ捨てる。
一見親しげな笑み。
端正な顔立ちとさらりとした黒髪は、世の女性たちの憧れの的でもあった。
けれど柔和な笑みと言葉とは裏腹に、内心には冷たい怒りを湛えている。
アルケットに封書を渡した侍従の男が、背にヒヤリとするものを感じながら、頭を下げる。
「あの……それが……」
消え入りそうな声で、侍従が口を開く。
「ルノワール国のアスタル姫ですが……我が国との停戦条約には応じられないと……」
「正確にいうなら、僕との政略結婚なんてお断りだ、というところかな?」
いって、見つめた先には、先程アルケット自身が捨てた、破られた封書が散らばっている。
アルケットがルノワール国のアスタル姫に書いて送った、心にもないことを書き綴った形だけのラブレターだったが、先方はそれをご丁寧にも破って送り返してきた。
今捨てたものはそれだ。
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