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それから梛君は、何度も私の中で果てて、空が白みかけた頃、互いに体を預け合って泥のように眠りについた。
もう、こんな夜は二度と来ない――そう思うと、あまりに虚しかった。
翌日、すっかり日が高くなってから目覚めた私たちは、食事もそこそこに、時間を忘れて互いの体を貪り合った。そして、日が暮れる頃、ようやく東京を目指す。私は後部座席に腰かけた。
「おまえのスマホに俺の連絡先登録しといたから」
「うっそ、どうやって開いたのよ」
「おまえ、気を付けろよ、セキュリティ甘すぎ」
「あなたが怖すぎ」
「消すなよ、俺の連絡先。絶対に後悔するぞ」
「なによ、その脅し」
ミラー越しに見る梛君の顔は、行きの時のように笑ってはいなかった。
「本当はさ、このままどっかに行っちまいたいくらいなんだよ」
「なによ、駆け落ちでもしてくれるの」
「してやりたいけど、お互い社会的にそれなりのピースになっちまってるだろう?」
「私の代わりは五万といるわ」
「いねぇよ」
私は奥歯をぐっと噛みしめた。梛君は、どうして私の欲しい言葉が、わかってしまうんだろう。
「おまえのかわりなんか、どこにもいねぇ、おまえにしかできないことが、山ほどある。特に俺にとってはさ、おまえは唯一無二だから」
「そう言う言葉、奥さんに言いなさいよ……」
言わないで、行かないで――そう、口にできたら、どんなに楽だろうか。このまま一緒に逃げてくれと縋り付いたら、梛君は私の手を取ってくれるだろうか?
否――
そうあってはならない。
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