紫露草~これは、恋ではない~

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 梛君は、執拗に私の体を責めていく。まるで、私の中に、梛君という存在を、刻み付けるように。  そんなに必死になる必要なんてない、私の中には、もうすでに梛君という存在が大きく刻み込まれている。  どうやって、梛君のことを忘れたらいいのか――私は快感に溺れる頭でそんなことばかりを考えていた。 「朝海」 「なぁに」  互いに何度か果てた私たちは、狭いベッドの上に体を投げ出したままぽつりぽつりと会話を始めた。私は梛君の腕に頭をのせたまま、その横顔を見つめる。梛君は天井を見つめていた。 「三人目、考えてんの」  返す言葉が無い。それは、奥さんと三人目の子供をもうけるつもりだということなのだろう。こんなときに、何を言いだすのか、心を、深くえぐり取られたみたいだ。 「女二人だろ、男が欲しいってさ」 「三人目が男の子とも限らないのにねぇ」 「だよな……」  梛君は私の頭をぎゅっと抱きかかえる。汗ばんだその体から、梛君の香りがした。心が、締め付けられる香り。 「なぁ、おまえはさ、俺の子供産む気あるか?」 「何言ってんのよ、馬鹿なこと言わないで。そんなこと考えちゃいけないって思ってる」 「だよな、悪かった。今夜で、こんな思いをさせるのは最後だから……」  梛君はそんなことを言う。もう、私と関係を持つことはない――そういうことだろう。当たり前だ。本当は今日の朝で終わりにしなけれないけなかった。それを、引き留めてしまったのは、他でもない私だ。 「ごめんなさい」 「おまえが謝ることじゃない」 「ううん、私が謝ること」  梛君は半身を持ち上げると、再び私を組み敷く。見上げたその表情は、苦しそうに歪んでいた。
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