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「朝海、俺は、おまえのことを本当に愛しているから」
「そんな言葉、聞きたくない」
「それでも俺は言いたい」
「ダメ、そういう言葉は、奥さんに言ってあげないと」
「そうだな、俺は嘘を吐くのも得意なんだ。息を吐くように嘘が吐ける」
「酷い男」
「そう、俺は酷い男なんだ、だからおまえが俺のことを忘れられなくなるくらい傷つけたい。忘れられたくない」
「なにそれ、最低、だい……」
大嫌い――その言葉は、梛君の唇に呑みこまれてしまう。
「愛してるって、言ってくれ。一度だけでいい」
梛君の低い声が、私の心の鍵をこじ開けようとする。本心を、吐かせてしまう。
「愛してる、愛してるよ、瑛佑、だからこれで最後にしよう」
苦しい言葉を吐きだすと、梛君は私の体を貫いた。梛君は、私の耳もとで何度も私の名前を呼んでいた気がする。朦朧とした意識の中で、梛君の声が聞こえた。
いつか、必ず迎えに行くから――
梛君の、嘘つき。絶対に、迎えになんて来ないくせに。実に勝手な男だ、下手な期待なんて、持たせないでほしい。
私は梛君の腕の中で、悲しい夢を見た気がした。
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