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「辞める?」
部長不在の今、仕方なく直接総務に話しに行くことにした。みんなが梛君のことを知っている以上、父親が誰であるのかを絶対に明かす訳にはいかない。そんな状態でこの会社にずっと居続けるのは無理がある。しばらくは貯金を切り崩して十分生活ができるだろう。
私はお腹が目立ち始める前に辞める算段を立てていた。
「どうしたんですか、急に」
総務課の若い職員はあからさまに訝しそうな顔をした。遠くの席から太亮がこちらの様子を気にしている。
「すみません、友人の会社を手伝うことになりまして、どうしても辞めなければいけなくなりました」
私は苦し紛れの法螺を吹く。このあとの就職のことは全く考えていなかった。
「困りましたね……梛部長も急に帰ってしまわれるし」
「新部長が仕事に慣れるまでは居ますので、どうかお願いします」
「辞めるという人間を引き留める権限はありません。非常に残念ですが、書類を用意しておきますので、期限までに提出してください」
その言葉に、私は胸を撫で下ろした。
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