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「朝海、辞めるって本当?」
帰り際、私の退職を聞きつけた営業課のみなみが驚いて声をかけてきた。
「うん、本当」
「そっか。あのさ、今日話ができないかな?」
「この後? みなみ、仕事残ってるんじゃないの?」
「残ってるけど、明日でも大丈夫」
「明日やろうは馬鹿野郎よ」
「今日朝海と話さないのはもっと馬鹿野郎だと思うんだよね」
そう、にっこりとまぶしい笑顔を見せたみなみは、ちょっと待っていてと私を営業課の入り口に待たせて、すぐに出てきた。
「今日の仕事は吾妻君が引き受けてくれた」
「できる後輩がいて羨ましいわ」
「彼は私の後継者の予定だから頑張ってもらわないとさ」
「みなみ、辞めるの?」
「まっさか、私も、未来に向けていろいろ準備をしているの」
そう前を見て話すみなみの目の前には、輝かしい未来が広がっているのだろうと思った。最愛の人を亡くしたみなみは今、新しい未来を切り開こうとしている。
「みなみ、結婚しても仕事続けるんだ」
「そうだなぁ、やりがいあるし、続けたい。でも、子供ができたらやっぱり産休育休はとって、子育てに専念したいなとも思ってるから、その布石を打っているところ」
「みなみは計画的だなぁ」
「いい年になったからねぇ」
みなみと同じ、いい年をした私はを言えば、衝動的な不倫の果てに、無責任にその人をの子供を身ごもってしまっている。とてもじゃないけれど、褒められたものではない。自然と、ため息が漏れた。隣を歩くみなみのことを、まっすぐには見られなかった。
私に比べて、みなみはあまりに綺麗で、まぶしすぎた。
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