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「朝海、おめでとうー!」
出産の報告をすると、明里がその日のうちにやってきてくれた。
「みなみも来たがってたけど、今日は無理だって泣いてたわ~。うっわぁめっちゃ可愛いじゃーん! 女子?」
「そうそう、女の子」
ベットの隣に置いてあるコットの中で、生まれて間もないわが子が健やかな寝息を立てている。
「名前決めたの? 生後何日かで役所に書類出さないといけないでしょ? できることあったらやるから。あんた一週間入院でしょ?」
「ありがとう、助かる」
名前はまだ決められていない。いくつか名前を思いついてみるのだけれど、どれもしっくりとこないのだ。
「お花の名前がいいんじゃない?」
「花?」
「そうそう、お花みたいに可愛いじゃーん」
「明里って意外と子供好き?」
「いんや、あんまり好きじゃないけど、大人より好き」
「あはは、なにそれ」
「毎日来たげるからさ、いるもんあったら言って」
「でも、仕事もあるでしょう?」
「大丈夫、大丈夫、日野っちに頑張ってもらうからさ~」
「わぁ、日野さんにお礼しないと」
「日野っち会いたがってたよ~今抱えてる仕事がひと段落したら連れてくるから家に行ってもいい? 石原さんも連れてきてあげようかな」
「もちろん大歓迎」
「じゃぁ、お花ちゃんが寝ている間にあんたも少し休みなさいよ」
明里はそう言って病室を出て行った。私は健やかに眠るわが子の顔を見てからベッドに横になると、睡魔がすっと襲ってくる。
夢の中で、梛君が嬉しそうな顔をして子供を抱きかかえていた。なんて、幸せで、残酷な夢だろうか……
こんな夢を見るなんてどうかしている。梛君のことは、なかったことにしなければいけない。私の中だけで生きる美しい想いなのだ。ひとたび私の外に出てしまえば、この思いは誰にも理解され得ない汚れたものになる。
この子の存在を肯定するためにも、梛君のことは忘れなければ――。
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