881人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうして……」
「待たせて、悪かった」
ぎゅっと、大きな胸に包み込まれる。このぬくもりを思い出すのに、時間など必要ない。
「帰って……こんなとこ、来ちゃだめだよ、梛君……」
ぐっと、私と撫子を抱きしめる腕に力がこもる。半開きになった扉を閉めてから、梛君はようやく私たちの体を離した。
「嫌だ」
「帰ってちょうだい」
「今日は会いに来たんじゃない、迎えにきた」
「適当なこと言わないでちょうだい。奥さんはどうしたの? どういうことか説明してもらわないと、何が何だか……」
「嫁さんと離婚してきたんだ。向こうの家と散々話し合いをして、やっと……」
「離婚……してきた……?」
陣痛が起こり始めた日のことが鮮明によみがえってくる。あの日、梛君の奥さんが私を訪ねてきた。梛君と、私の関係を、完全に終わらせるために……。
「嘘、奥さんは、離婚なんてしない口ぶりだったわ」
「ここに来たのか?」
「うん」
「いつ?」
「……撫子を産むために入院した日」
そうか……と小さくつぶやいた梛君は、大きく息を吐きだした。
「辛いときに一緒にいてやれなくて悪かった」
「大丈夫、一人で産むって決めていたの」
「俺の子なのに?」
「あなたの子だから」
撫子に視線を落とすと、きょとんとした表情で梛君を見つめている。
「なぁ、抱かせてくれないか?」
「怖がらないかな」
梛君に撫子を渡す。私の不安をよそに、撫子は大人しく梛君の腕に抱かれた。
「俺、自分の子供を抱っこするの、初めてだわ」
「三人もいるくせに」
「父親俺じゃねぇし」
自虐的なその言葉の中に、悲しみの色はない。もう、完全に片をつけてきてくれたのだ――奥さんのとの結婚生活に……。
「梛 撫子かぁ。いい名前だけどどゴロが悪いな」
「夏本 撫子ですから」
「なぁ朝海」
梛君は撫子を大事そうに抱きかかえながら私を見つめてきた。その瞳には、かつて互いを求め合ったころと同じ光が宿っている。
「朝海、俺と結婚してくれ」
最初のコメントを投稿しよう!