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「やっぱりな、そうだといいなって思ってた」
「でもあなたは私を振ったわ」
「なんにも言ってないだろ? そもそもおまえは俺の前に来なかった」
しらじらしい梛君の言葉に、私は思わず噛みつく。いや、ここをはっきり聞きださなければいけない。なぜ梛君はこんなにも開き直っているのか。
「行ったわ! 行こうとした。でもあなたは他の女の子と一緒にいて私を追い払ったわ」
「そんなことしてない」
「あなたは忘れたのかもしれないけれど、あなたは後輩の女の子をキスをしていた」
梛君は少し考えて、はっと思いだしたようだ。大きくため息を吐く。
「おまえの勘違いだ」
「どういうこと」
「あの後輩は俺を探していたんだ。第二ボタンが欲しいって言ってきた」
「第二ボタン? 随分レトロな子だねぇ。でも、うちの学校はブレザーだから……」
「そう、それが第二ボタンかわからないだろ? 胸元に一番近いボタンが欲しいって言って俺の制服のボタンを取ろうとしていたんだ。その時に足元が滑った、日陰だったし凍っていたのかもな。それで転びそうになった彼女を支えたときにちょうどおまえが来た。抱き留めたときに、顔と顔が触れ合うくらい近寄ってたのかもな」
「うそ……」
「おまえ、タイミング悪すぎ。それで俺が後輩に手ぇ出してるように見えたのか?」
「見えた」
梛君はもう一度大きなため息を吐きながら頭を抱える。
「あんな一瞬のことで、こんなに遠回りすることになったのか……」
「私の、勘違いだったなんて……」
「ごめんな、迎えに来るのが、こんなに遅くなっちまって」
もしもあの日、梛君に好きだと告げることができていたら――そう、浮かんでくる仮説を、私は一蹴する。
「いいの、今まで通ってきた人生のすべては、今のこの瞬間のためにあったんだって思うから」
「朝海……」
「ねぇ、さっきの返事、まだしてないんだけど。もう一回言う気がある?」
私の言葉に、梛君は形の良い目を真ん丸にしてから、にっと子供のように笑う。
「何度だっていうさ、おまえが首を縦に振るまで」
梛君は優しく手を伸ばした、大きくて少し低い体温の手が頬に触れる。
「朝海、俺と結婚してくれ」
「喜んで」
ゆっくりと重なる唇から、伝わる懐かしい熱に、私は久しぶりの涙を流した。
「今は長期休暇取って日本に来てるんだ。結婚したらアメリカに住むつもりだけど大丈夫か?」
「そうだった、仕事の拠点はアメリカだったわよね、私、今明里のところでお世話になってるから明里に聞いてみないと……はじめは別居かな……」
「それなら大丈夫だ」
倦怠感の残る体を重ね合いながら、梛君はそんなことを言う。いったい、何が大丈夫だというのか?
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