4 困った席替え

4/5
200人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
「おれが嫌なんだよ」 「はぁ?」  永峰さんが顔をしかめる。 「お前の隣はおれが嫌なんだ。授業中、これわかんない、これ教えてって、ずーっと聞いてくるだろ。特に数学。それウザい」  そばにいた新名くんが、くくっと笑う。永峰さんは顔を真っ赤にすると、高折くんの持っていた雑誌を取り上げ、後ろのロッカーに投げつけた。 「もういい!」  永峰さんがすたすたと去っていく。そしてこっちを見ていた女子のグループに合流し、けたたましく文句を言っている。 「こえー、永峰。キレるとすぐモノ投げるとこ、ガキの頃から変わってねーな」  新名くんが声を押し殺して笑う。 「でもお前もバカだそ? あんなこと言ったら、女子の皆さんからの人気、ガタ落ちだって」 「べつに本当のこと言っただけだし。授業中はゆっくり寝かせてくれよ」  高折くんが立ち上がり、腰を曲げて落ちた雑誌を拾った。そして席に戻るとき、一瞬わたしと目が合った。  わたしはすぐに視線をそらす。新名くんがまた何か、高折くんに話しかけている。  わたし、ここにいてもいいのかな。場違いなこの席に、いてもいいのかな。  開いた窓から、秋の風が吹き込む。その風に乗って、やさしい香りが漂ってきた。  金木犀の香りだ。  チャイムが鳴って、授業がはじまる。黒板の前に立つ、先生の声。制服を着た、みんなの後ろ姿。  新しい席は、やっぱりなんだか落ち着かない。  ノートに落としていた視線を、少しだけ右に動かす。シャーペンを持つ、高折くんの左手が見える。  高折くんが左利きだってこと、わたしはもう知っている。  気づかれないようにそっと顔を上げ、隣を見た。ノートをとっている高折くんのまなざしは、休み時間に見る表情とは違い真剣だった。  授業中はゆっくり寝たいなんて言っていたくせに……高折くんは嘘つきだ。  静かに視線をノートに戻す。なんでだろう。心臓のどきどきが治まらない。  甘い香りが漂う中、わたしは今日またひとつ、わたしの知らない高折くんを知ることができた。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!