睡蓮の恋・3

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「会社の前で待ち合わせてて、その時に帰社した片桐課長と佐々木くんに遭遇した」 「なぁるほど……うちの人間が二課さんにご迷惑をおかけしたようで、申し訳御座いませんわ」 「いえいえ、お気遣いなく」  千香ちゃんは営業一課の事務方だ。仕事捌きの速さと正確さには定評があり、また、決して怒らせてはいけないとの不文律も持つ。  きらりん、とペルシャ猫の目が光る。 「ウチが絡んでるなら話は別だわ。制裁をご希望?」 「いや、いいわ。むしろ放っておいて」 「そう?」 「何のつもりか分からなかったからモヤっとしたの。出処も分かって誤解ってはっきりしたし、そのうち消えるでしょう。だから、いいわ」  千香ちゃんは私の顔を覗き込んで口角を上げた。くっ、エクステなしの上向きまつげが眩しい。 「葉……さては面倒くさくなったわね?」  えへへ、ばれてる。 「だって、あんなきらびやかなお二人に関わるなんて冗談じゃない。ワタクシは平穏を愛するのです」 「まあ、社内でも目立つ二人だってことは否定しないけれど」  タイプの違う美形二人は社内でも人気者。うっかり関わって注目など集めてしまったら、仕事にも支障が出かねない。総務や人事の女の子たちはキャーキャータイプなのだ。  嫌がらせとかはないだろうが、折を見て隙を見て根掘り葉掘り聞かれるだろうことは想像に難くない。  最近の人手不足で手持ちの仕事はいつも一杯、残業は極力したくない私はそんな事にかまけている暇は一秒たりとない。 「ね、だからいいわ。魂胆も無さそうだし、こっちからわざわざ掘り返す必要もないしね」 「そう…? 分かった、本人がそう言うなら。でもね、葉。噂はさておき……そろそろ、いいんじゃないかと思うよ、私」  同情でも呆れでもなく、気遣いだけを滲ませたその一言は、暖かく心に落ちた。  ――うん。いい、友達。 「そうだねぇ、ありがと千香ちゃん」  サクッとお仕置きするから気が変わったらいつでも言ってねと、見惚れるようなウインクをする友人にお礼を言って、私は膝の上の弁当へと意識を戻した。
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