睡蓮の恋・4

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睡蓮の恋・4

 会社から駅までは徒歩十分ほど。会社の周りは企業ビルがほとんどだが、ポツポツとコンビニ、老舗の和菓子屋やギャラリーがある。  戦後から続く画廊は細い扉脇に個展や何やの絵が飾られて、小品ながらいつも見ごたえがある。それは和菓子屋の季節の張り紙とともに、通勤時の楽しみの一つでもあった。  今週末から展示が変わるらしい。帰り道に通りかかったら、ちょうど絵を架け替えていて……見覚えのある筆使いに、どくりと胸が鳴った。  写真で言えば四つ切りサイズくらいのそれは、デフォルメしながらも精緻に描かれた外国の風景画――どこだろう、東欧っぽい。  思わず足を止めると、作業をしていたギャラリーの従業員が私に気付いた。 「明日からの個展です。画家本人も来ますので、よかったらどうぞ」  にこやかに渡された案内の絵葉書を、お礼を言って受け取る。歩きながら眺めれば、そこに書いてある画家の名前はやはりよく知ったものだった。  私の恋人だった人。別れてからもう四年になる。  この胸に迫る感覚をどう言ったらいいのだろう。  ざわざわするような、安心したような……でも、あの頃に感じていた千切れるような痛みは、今はない。  案内葉書によるとあれから幾つか賞を取り、海外に拠点を置いているようだ。首都圏を中心に何箇所かで開催される個展のスケジュールが載っていた。
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