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「こっちに美味い店がある。三枝さんは和食好きか?」
「はあ、大好きですけど私は家に帰、」
「戻り鰹が美味い時期だな」
「はい、行きます。どこですか、こっちですか」
盛大に笑われた。
誘っておいてそれはないと思ったけれども、私が課長の立場だったらやっぱり笑うだろうから良しとした。美味しいものは大好きだ。いざ行かん、戻り鰹。
案内されたのはちょっとだけ住宅街に足を踏み入れた場所にある、こぢんまりとした小料理屋だった。
表通りではあるのだけれど、会社から駅へ行く道からは外れている。
「こっちには来たことなかったです。いい雰囲気のお店ですね」
美人の女将さんと、私と同年代くらいの女性の二人がカウンターと奥の厨房をくるくると行き来している。母娘でやっているお店らしい。
お店の内装はお寿司屋さんみたいな感じで、席数は多くない。家庭的な雰囲気だけど一見さんお断り的な排他感はない。賑わっている店内の客層も和気あいあいとして素敵なお店だ。美味しい匂いも堪らない。
「食べられないものはあるか?」
「ないです。うーん、どれも美味しそうですね……こちらは初めてなので、注文は課長にお任せしてもいいですか?」
丁度ひとつだけ空いていた二人掛けのテーブルに座ると、まわりの席をちらりと見て言った。うん、本当に美味しそう。
「あ、あれは食べたいです。あそこの人が食べてる小鉢」
「あちらは、鶏のつくねを南瓜のきんとんで包んだお饅頭ですよ。女性に人気ですね」
片桐さんいらっしゃい、と着物姿の女将さんがおしぼりとお水を運んでくれた。にっこりと笑って丁寧に渡してくれるその所作に見惚れる。
「戻り鰹入ってる?」
「今日はいいのがありますよ。お造り? たたきは梅がおすすめね」
「あ、たたきがいいです!」
私の勢いあるオーダーに女将さんはふふ、と笑って承知しましたと伝票に書く。その他にも課長が幾つか注文を入れて、ついでに日本酒も頼んだ。
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