睡蓮の恋・4

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 お通しは菊のおろし和え。ほうれん草の緑、菊の鮮やかな黄色に白く甘い大根おろしが目にも美しい。  最初からこんな一品を出されて、この後の皿を思っていやが応にも期待が高まる。顔が緩みっぱなしだ。 「……食べるの好きなんだな」 「大好きですよ。特にこういうお店はなかなか一人では来ませんから、すごく今日嬉しいです」 「そうか、それは良かった」  四十歳くらいになればどんなお店も一人で入れそうだから、早いとこ歳をとりたいと言えばまた笑われた。  いつも真面目な顔しているとこしか見たことなかったから、正直こんなに笑う人だと思わなかった。あまりに緩い雰囲気で、上司相手に思わず私も軽口を叩く。 「課長、そうして笑ってるとずいぶん若く見えますね」 「俺まだ三十六なんだけど。君の視力はいくつかな」 「左右とも裸眼で一・五あります」  ひどいな、とまた笑う。  なにがそんなにおかしいんだか、年頃のお嬢さんみたい。  やがて運ばれてきた南瓜のお饅頭は上からお出汁の効いた熱々の葛餡がかかっていて、ふはふはしながらぺろりと食べた。  戻り鰹はもう、最高。炙って温かいまま、氷水で締めずに出された鰹は、溶けた脂に梅肉だれがとろりと絡んでしつこ過ぎず旨味は十分。刻んだ小梅がいい歯ごたえのアクセントになって、非常にお酒が進む一品でございました。  主に食べるのに夢中で食事中は会話らしい会話もなかったけれど、その間も気詰まりを感じずにいられたのは課長が楽しそうだったからだと思う。  不思議なことに上司と同席というよりは、もっと気心の知れた人と一緒にいるような気分で。  他にも揚げ出し豆腐や串のない焼き鳥、根菜の炊き合わせなんかもいただいて、最後はおすましと可愛らしい手毬寿司。 「はあ……大満足です」  食後のお茶を飲みながら満ち足りた息が零れる。始終にこにことしていた向かいに座る人も、ほろ酔い加減で気分が良さそうだ。 「ああ、そういえば声かけた時、何見ていたんだ?」 「え、あ……ギャラリーの個展の案内です」
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