睡蓮の恋・1

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 もう一度足元から順に見上げて、いまいち恰好のつかない髪が気になった。  硬く乾いた毛先が手に触れる。トリートメントはしてるんだけどなぁ、前に美容院行ったのっていつだっけ? やばい思い出せない。  ……いっそ、切ろうかな。  けっこう傷んでるしこんな中途半端な長さよりも、ちょっと憧れてた黒髪ストレートの大人ショートにしたらどうだろう。でも私、短くしたことないなあ。 「ようちゃん、あけていい?」  思考の海に漕ぎ出していた私は、唐突に掛けられた声に我に返った。 「ま、待って待って、牡丹。今開けないでっ」 「えー、見たいー」  すっかり購入前提で考え込んでいたことに気付いて自分で驚く。なんだか妙に恥ずかしい。  どうして、なんでと不満そうな牡丹の声に思わず言ってしまった。 「買うからっ、開けちゃダメ!」  店を出てから、じゃあ、翌週の金曜日の夜は食事に行こう、ついてはその服を着て来いと姉からいい笑顔で命じられる。  勧めた服を着たところを見られなかった、と残念そうにぼやく牡丹を前に、断るという選択肢は許されていなかった。
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