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後日談・ヒロキの友人から見た二人
「おじーいちゃーん、ヒロキ帰って来た?」
「おやルッカ、いらっしゃい。間も無くじゃないかな。ところで、誰と来るか聞いてるかい」
「聞いた聞いた、大量の惚気とともに」
勝手知ったる友人の家、明るい陽が差し込むリビングには、いつものようにヒロキのおじいちゃんがいた。
日本に行った友人がよこすメールに “ヨウ” の名前が出るようになったのは秋の頃。
数年前から繰り返し会社の話に出て来る「隣の部署の事務員」その人だとすぐ気付いた。
随分時間掛けてんな、とは思ったけれど、こうして連れて来るのならいらぬ心配だったようだ。
しかも、この俺に仕事を依頼してきやがった。
「ヒロキが何か頼んだんだろう?」
「そうそ、聞いてよ。ちっさい写真一枚で作れっていうの。無理難題も酷くない?」
面白そうに尋ねてくるおじいちゃんにはすっかりお見通しのようだ。
土産のワインを渡しながら定位置のソファーに腰を下ろす。
「フィレンツェの工房で腕を振るう親友に頼みたかったんだろうさ」
「そりゃあもちろん、俺以外に頼んだら絶交だけどね」
ここ地元ボローニャから約100キロ離れたフィレンツェの工房が俺の仕事場。
月に1、2回こっちに戻ってきて、その度にヒロキの家にも顔を出す生活も、もう何年になるだろうか。
親父さんや兄弟子に揉まれながらも、独立してもやっていけると言われるくらいの腕は身につけた。
まだ出ないけどな、今のトコ気に入ってるんだ。
「しかも顔がよく見えない角度の。確かに、手はバッチリ写ってるけどイメージ湧きにくいって」
「はっは、ヒロキは焼きもち焼きだったか」
『さすがオレの孫』じゃないよ、おじいちゃん。
そんな写真で “彼女に似合うリング” を作ってくれって、俺の腕とセンスに対する挑戦とみたね。逆に燃えたね。
「まあ、精魂込めて作ってるけど? あとは仕上げ。多分今まで作ったアクセサリーの中で最高傑作」
「そりゃあ楽しみだ」
料理するときも眠るときもいつでも身につけていられるように、って、あの淡白なヒロキがそんなに惚れ込むとは意外だったけど。
まあ、そういうわけだから石は無しで、ヘアラインとミル打ちでシックかつよく見りゃゴージャスに装飾を施し、第二の皮膚のように肌に馴染むような絶妙なカーブをつけた。
指に通すとしっとりと滑らかなリングは吸い付くようなはめ具合で外したくなくなるはず。
いいね、作ってる俺が惚れるね。
「ついでにさ、ペアリングにしてやった」
「おお、ヒロキはいい友人を持ったなあ」
嬉しそうに手を叩くおじいちゃんは、離れて暮らす孫をずっと心配してた。
イタリアでも日本でも時代は晩婚・未婚化が進んでいるとは言え、おばあちゃんとすっごく仲よかったから自分の孫もそうなってもらいたかったんだろう。
俺も、ちゃんとした恋人を持ったことのない親友の初恋を面白く思う反面、どんな相手なのかはものすごく気になる。
当事者からの話だけでは分かんないからな、この目で見ないことには。
……いい奴なんだよ、ヒロキは。
そんなあいつの隣に立つにふさわしい子だといいと思う。
そして願わくは、ヒロキの連れてくる恋人がおじいちゃんとも仲良くなれる子でありますように。
そんな俺の心配が杞憂だったと知るまではあと少し。
酷くないか、ちょっと手の甲に挨拶のキスしただけですごい速さで引き離されたんだ。
実際に手と指を確認しないと仕上げ加工が出来ないだろうが……と、いうことにしておこう。
他意はないよ、多分。
あー、ヨウちゃん可愛かったなぁ。
俺の特製ラザーニャをあんなに目を輝かして食べる人間が悪いヤツのわけがない、うん。いい子決定。
おじいちゃんと台所に立つ二人は初対面とは思えないほど和気あいあいとしていたし。
教えられる言葉を素直に繰り返す様子は純粋な子どものよう、なのに仕草は年齢相応の落ち着きがあって、これはヒロキがベタ惚れするのもよく分かる。
おい、ヒロキ、そこでおじいちゃん相手に威嚇するな。
普段と様子の違う幼馴染の新たな一面が面白すぎて仕方がない。
新年に合わせて、出来上がったリングを持って行った。
ヒロキが渡すところは見られなかったが、戻って来て真っ赤な顔のままでリングを作った俺に言った「Grazie」は俺史上五本の指に入る可愛さだったね。
俺の作ったリングをそっと眺め、愛おしそうに指で触るヨウちゃん……ちくしょうヒロキめ。
それ作ったの俺、オレだからな! 感謝しろよ!
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