睡蓮の恋・2

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 短くしてみようかと思って。そう言った私の髪に嬉々としてハサミを入れる馴染みの兄さん。  いつもの髪型も似合っていたけれどもう少し冒険して欲しかったんですよと言うが、それは君の好みがショートだからだ。  まあそれでも、人生初のショートヘアは美容師にも、その後顔を出しに行った実家の家族にもすこぶる評判が良く、そして案外朝のセットもラクだったことは嬉しい発見だった。  内勤の私たちの帰社時間は各担当営業さん次第でまちまちだ。更衣室の空いている隙を狙って着替えて、大急ぎでビルを出ればなんとか人の目に止まらずいけるだろう。  予想通り約一時間の残業の後、幸いなことに誰もいなかった更衣室で姉に電話をかける。 『丁度良かった。あと十五分くらいで着くよー』 「ねえ、本当に会社の前まで来るの?」 『あの辺、他に停めやすい場所ないもの。見えにくいから、明るいところにいてね』 「う、分かったよう……」  明るい場所で目立って待てと、お姉様は酷なことをおっしゃる。妹は辛いねぇ。  人が来る前にと、ささっと着替えてドアから顔を半分出して周囲を窺う。  ……なんか自分が悪いことをしてる気分で、複雑。  廊下に人影がないのを確認して小走りで一階に降り、エントランスを出る。会社のビルから少しだけずれた歩道の植栽の脇――会社からはやや死角で、そこそこ明るくて、車道側からはよく見えると思われる場所に立った。
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