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睡蓮の恋・3
『営業二課の三枝は結婚間近らしい』
その噂に気付いたのは、あのスカートの日から一週間経った金曜日だった。
はい? なにその話。
お昼休みに同僚を捕まえる。屋上には他に人はおらず、日陰になっているベンチで社内販売のお弁当を膝の上に広げた。
秋の空は高く、湿気のなくなった風は爽やか。ずっと室内にこもっているからか、日陰なのに眩しくて目が痛い……PC画面の見過ぎだなぁ。
「えー、今頃? 私が聞いたのは一昨日だったよ」
「ちょ、千香ちゃん、なんで教えてくれないのっ?」
「別に悪意のある噂でもなかったからね、まあいいかなって思って。ガセだって分かってるし私に直接言う人もいなかったし、わざわざ否定して回るのも変な話でしょうよ」
それはそうだが。
だって営業二課の三枝は、結婚どころか、もう何年も恋人もいないのだから。
「実際何か困るの? もしかして、実は私に内緒で恋人とか?」
「ない、それはないけれど。ええ、なんでぇ?」
「葉、最近可愛くなったもの。やっぱり髪じゃないかな。あと、例のスカートが深層心理になにか作用したとか」
千香ちゃんは出し巻き卵をつまんだお箸を器用に私に向けた。こらこら、そういうことをしてはいけません。
「なにかってなに。だいたい、髪は長い方が可愛いんじゃないの? 私なんか身長もあるし、男っぽくなってるはずだけど」
「長さの問題じゃないでしょ。それにすらっとした子のショートヘアって、逆に色っぽいと思うけど」
「ええ……」
「ふふ、似合ってるってこと」
にっこりと艶やかに千香ちゃんは微笑んだ。
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