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新井さんは安海さんに何も言い返せていなかった。 ただただ泣いていた。
安海さんは真顔で、それからも容赦なく話し続ける。
俺にはその時の安海さんが、いつもよりも余計に何を考えているか分からなかった。
「話にならないわね、ほんとに。
そんなに合コンが大切? 彼氏が大切?
友達が大切?
それはあなたが体を汚してまでする事なのかしら?」
「べつに……、汚すわけじゃない……。
彼氏に……好きな人にアタシの初めてをあげるのは、べつに汚されるわけじゃないよ……」
「へぇ、言うわね。
あなた、その“彼氏”のコトを好きでも何でもないのに、よくそんな事が言えるものね。
あなた面白い人ね、ええそうね。
…………新井さん、あなた……クソね」
安海さんがその言葉を言った瞬間、新井さんが固まったのに俺は気づく。
その場からは動いてはいない、だがしかし彼女は固まったのだ。
それはまるで安海さんに図星の事を言われてしまったかの様に、そして何も言い返す言葉もなく頭の中が真っ白になった様に、彼女は固まってしまったのだ。
そんな新井さんを横目で見ながら、安海さんはベンチから立ち上がる。
「さて、私はもう帰るとするわ。
その“嘘つき女”とは、もう話す事なんて何もないもの」
「あ、安海さんっ、ちょっ……」
ベンチから立ち上がり、鞄を背負い直す安海さんに俺は焦りながら声をかけた。
「なにかしら、佐伯くん」
「いや、ちょっと待てよ。
さすがに女同士とはいえ言い過ぎじゃないか?
本当に新井さんは“彼氏”の事を好きかもしれないだろ?
それを頭ごなしに否定をするのは……」
「いいえ、その女は“彼氏”のコトを好きでもなんでもないわ、ええ、私は言い切るわ。
嘘をついている。 それは何も言葉だけの嘘ではないのよ?
そうね……佐伯くん、あなたも覚えておいた方がいいわよ?」
「な……なにがだよ……」
安海さんは不適に笑みを浮かべ、そっと振り返り様に言うのであった。
「女っていうのは、嘘をついて生きていく生き物なのよ………」
「…………嘘……?」
「それじゃあね、佐伯くん。
そうだわ、新井さんをしっかりと家まで送ってあげなさい。
ええそうね、今回は私は見ない事にしておくわ。 私の恋愛対象が他の女性と帰るだなんて今回限りよ。
新井さんを、頼んだわね………」
そう言って安海さんは俺と新井さんを残し、その場を去っていくのであった。
少し怖かった。
何が安海さんをあそこまで言わせるのか、俺には……、男の俺には分からなかったのだ。
……と、安海さんがその場から居なくなり、俺と新井さん二人きりになってしまった時であった。
俺の側に座る新井さんから、小さな声で何かを呟くのが聞こえたのだ。
「アタシ……、彼のコトを……“彼氏”のコトを……」
「あ……新井さん? まぁそんなに気にするなって、安海さんってほら性格キツそうだろ?
だからああいう言い方に………」
「好きじゃない………」
「…………え?」
新井さんの口から、俺の耳へと聞こえたその言葉。
その言葉に、俺は何も言い返せない。
本当に……何も言えないのだ。
「アタシ……ぅっ……うぅ……彼のコト、……うっ……好きじゃないよぉ……うぅっ……」
「…………………。」
静かにゆっくりと、さっきまで側で俺達を照らしていた太陽も落ち、辺りは薄暗く暗闇に飲まれていく。
公園の街灯が灯り始め、ベンチに座る新井さんと立ち竦む俺をそっと照らす。
公園にある全ての街灯が、俺達だけを、俺と新井さんだけを照らしている様に……、俺は思えたのであった。
つづく
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