四話:仮面偽装(カメンギソウ)

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 新井さんは安海さんに何も言い返せていなかった。 ただただ泣いていた。    安海さんは真顔で、それからも容赦なく話し続ける。  俺にはその時の安海さんが、いつもよりも余計に何を考えているか分からなかった。 「話にならないわね、ほんとに。  そんなに合コンが大切? 彼氏が大切?  友達が大切?  それはあなたが体を汚してまでする事なのかしら?」 「べつに……、汚すわけじゃない……。  彼氏に……好きな人にアタシの初めてをあげるのは、べつに汚されるわけじゃないよ……」 「へぇ、言うわね。  あなた、その“彼氏”のコトを好きでも何でもない(・・・・・・・・・)のに、よくそんな事が言えるものね。  あなた面白い人ね、ええそうね。  …………新井さん、あなた……クソね」  安海さんがその言葉を言った瞬間、新井さんが固まったのに俺は気づく。  その場からは動いてはいない、だがしかし彼女は固まったのだ。  それはまるで安海さんに図星の事を言われてしまったかの様に、そして何も言い返す言葉もなく頭の中が真っ白になった様に、彼女は固まってしまったのだ。  そんな新井さんを横目で見ながら、安海さんはベンチから立ち上がる。 「さて、私はもう帰るとするわ。  その“嘘つき女”とは、もう話す事なんて何もないもの」 「あ、安海さんっ、ちょっ……」  ベンチから立ち上がり、鞄を背負い直す安海さんに俺は焦りながら声をかけた。 「なにかしら、佐伯くん」 「いや、ちょっと待てよ。  さすがに女同士とはいえ言い過ぎじゃないか?  本当に新井さんは“彼氏”の事を好きかもしれないだろ?  それを頭ごなしに否定をするのは……」 「いいえ、その女は“彼氏”のコトを好きでもなんでもないわ、ええ、私は言い切るわ。  嘘をついている。 それは何も言葉だけの嘘(・・・・・・)ではないのよ?  そうね……佐伯くん、あなたも覚えておいた方がいいわよ?」 「な……なにがだよ……」  安海さんは不適に笑みを浮かべ、そっと振り返り(ざま)に言うのであった。 「女っていうのは、()をついて生きていく生き物なのよ………」 「…………嘘……?」 「それじゃあね、佐伯くん。  そうだわ、新井さんをしっかりと家まで送ってあげなさい。  ええそうね、今回は私は見ない事にしておくわ。 私の恋愛対象が他の女性と帰るだなんて今回限りよ。  新井さんを、頼んだわね………」  そう言って安海さんは俺と新井さんを残し、その場を去っていくのであった。    少し怖かった。  何が安海さんをあそこまで言わせるのか、俺には……、男の俺には分からなかったのだ。  ……と、安海さんがその場から居なくなり、俺と新井さん二人きりになってしまった時であった。  俺の側に座る新井さんから、小さな声で何かを呟くのが聞こえたのだ。 「アタシ……、彼のコトを……“彼氏”のコトを……」 「あ……新井さん? まぁそんなに気にするなって、安海さんってほら性格キツそうだろ?  だからああいう言い方に………」 「好きじゃない………」 「…………え?」  新井さんの口から、俺の耳へと聞こえたその言葉。  その言葉に、俺は何も言い返せない。  本当に……何も言えないのだ。 「アタシ……ぅっ……うぅ……彼のコト、……うっ……好きじゃないよぉ……うぅっ……」 「…………………。」  静かにゆっくりと、さっきまで側で俺達を照らしていた太陽も落ち、辺りは薄暗(うすぐら)暗闇(くらやみ)に飲まれていく。  公園の街灯(がいとう)(とも)り始め、ベンチに座る新井さんと立ち(すく)む俺をそっと照らす。  公園にある全ての街灯が、俺達だけを、俺と新井さんだけを照らしている様に……、俺は思えたのであった。                    つづく
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