6人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「……笑いごとじゃない」
焼き鳥の串を口元に近づけたまま、そのまま放り込むのを一時中断して、わたしは眉間にシワを寄せた。
「笑いごとだから」
真正面で、奈津子はお腹を抱えて、文字通り笑い転げている。
まだ三十代の店主が、脱サラして開店したという居酒屋は、今夜も盛況だ。たった一人で営業しているため、カウンター席三つとテーブル席二つのこぢんまりした店だけど、お客同士の距離が近い感じが気に入っている。
奈津子は姿勢を立て直すと、ハイボールの中ジョッキを手に取った。
「見たかったわぁ、女子が肘を直角にして夜の街を疾走してるとこ」
「外回りが早く終わってたら、見られたかもね。残念だ。たぶん、もう二度とチャンスはない」
「さすがに、大勢の観衆の前でフラれると堪えたかな」
「堪えたと思う。わたしだったら、当分立ち直れない」
「意字張らずに、付き合っちゃってればよかったんだ。そうしたら、田端くんをゴールデンタイムにギャラリーの前で斬り捨てることもなかった。傷ついてるのは田端くんより、御園生でしょう?」
わたしはそれには答えずに、今度こそ甘辛のタレがついた鶏皮を頬張る。
最初のコメントを投稿しよう!