北町奉行所の場

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北町奉行所の場

北町奉行所で年番方与力(よりき)を務める佐久間(さくま) 彦左衛門(ひこざえもん)は、北町奉行からの呼び出しを受けて、改まった面持(おもも)ちで待っていた。 『御奉行の手が空くまで、執務をされておる座敷の外で待つように』と、奉行を側仕(そばづか)えする公用人である(うち)与力から申し渡されている。 江戸の治安を守る、と云えば聞こえはよいが、町奉行所の仕事は「なんでも屋」だ。 町の(おきて)をつくり、その掟を破る不届き者は捕らえて、御白州(おしらす)で裁かねばならぬ。 また、火事に備えて、日頃は(とび)の仕事をしている喧嘩っ早い火消しの者たちを、なだめすかして束ねればならぬ。 さらに、世間で景気が悪うなると鬱憤(うっぷん)晴らしにすぐ米屋や両替商を襲って、米や金だけでなく建物までぶっ壊して、根太(ねだ)の一本も残さずかっぱらって行く「打ちこわし」を始めやがる、町の奴らの金回りにまで気を配らねばならぬ。 それらを限られた武家の人手で、担っているのである。 とりわけ「与力」という御役目は、 御仕えする「御奉行」には、 『さようでござる。おっしゃるとおりでござりまするとも』と調子を合わせ、 御仕えされているはずの「同心」たちからは、 『此度(こたび)のことは捨て置きできませぬ。御用は現場にて起こっておりまするっ』と突き上げられてしまう、 ……板挟みの役回りである。
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