南町奉行所の場

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南町奉行所の場

南町奉行所で年番方与力(よりき)を務める松波(まつなみ) 源兵衛(げんべえ)は、南町奉行からの呼び出しを受けて、改まった面持(おもも)ちで待っていた。 『御奉行の手が空くまで、執務をされておる座敷の外で待つように』と、奉行を側仕(そばづか)えする公用人である内与力から申し渡されている。 その内与力は、娘の寿々乃(すずの)の夫である水島(みずしま) 織部(おりべ)であった。 「織部、此度(こたび)の呼び立ては、やはり先般の同心たちの小競り合いの件か」 源兵衛は娘婿に尋ねた。 「舅上(ちちうえ)、我が口からはなんとも」 口が固いのが信条の「内与力」は、苦笑いした。 「ただ……」 織部の目がほんの刹那、悪戯(いたずら)っぽい光を放ったように見えた。 「寿々乃を先に(めと)っておいて、ようござったと安堵いたしておりまする」 二人の間には既に、男女一人ずつの子どもがいた。 「松波様、お待たせ(つかまつ)った。 ……お入りくだされ」 そうこうしているうちに、隔てられていた(ふすま)が開き、源兵衛が中に呼ばれた。
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