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この街の夏は、いつもじめっと暑くて、息をするのも気怠くなる。
その片鱗が現れ始めた七月中旬の通学路を、黙々と歩いていく。
でも、気怠さはいつもの夏より控えめに感じる。これはきっと、私の中の希望が、それを吸い取っているから。
教室に入ると、一番後ろの、私の隣の席で、高松さんが突っ伏して寝ていた。
曲がった背中が可愛くって、内に仕舞われた膝も可愛くって、なんか全部可愛く見えて、なんなんだろう、これ。
最近の私はちょっとおかしいのかもしれない。高松さんに求められすぎて、自分も彼女を求めるようになってしまっている。前はこんなこと、無かったのに。
「……んぁ、あ、おはよう。」
高松さんが頭を持ち上げ、まだ眠たそうな表情をこちらに向ける。
「おはよう。朝、早いのね。」
まだ八時も過ぎていない朝の教室は、私と高松さん以外、誰もいない。幾つかの席に置かれた荷物も、朝練中の運動部のものだろう。
こんな早くに来たのは初めてだけど、高松さんがいるのなら、明日も早く来ようかな。
「朝まで眠れなくってさ、もう学校行ってから寝ようかなって思ったの。私、家近いし。」
家……近いんだ。高松さんの、家。
「由美は? ……なんでこんな時間に?」
高松さんの柔らかな声で、自分の下の名前を言われると、ちょっと、びくって畏まってしまう。
「えっと、なんとなく、かしら。気分の好い日には、そうやって習慣を少し崩してみたくなるの。」
「ふーん。」
高松さんが満足気に微笑む。
そして、夏の暖かさに包まれて、心地良い沈黙が続く中、
「高松さん、話があるの。」
話を切り出す。
「なぁに? ……というか、下の名前じゃないんだ。」
「あ、ごめんなさい。下の名前は……」
「マキ。真の姫で、真姫。」
マキ……真姫……何となく、高松さんに合ってる気がする。可愛いし。
「いい名前ね。……それでね、真姫。話があるんだけど……」
そう言って、バッグの中のノートを取り出す。
このノートを人に見せる日が来るだなんて。
高松さんは……いや真姫は、どんな反応をするのだろう。でも、軽蔑はしないはず。でも、もしされたらどうしよう。でも、でも、でも……
でもやっぱり私は、真姫に本当の私を委ねたい。
「真姫、これは他の人にはあんまり話してないんだけど、真姫には知ってほしいと思って……」
まっさらな表紙のノートを、震えながらも真姫に差し出す。
本当に、私、なんでこんなに真姫のことを。
「私、こういうの……描いてるの。」
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