私が愛したこの世界

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 *** 「!」  突然部屋に鳴り響いたメロディーに、私はぎょっとして肩を跳ねさせた。うっかりマナーモードにするのを忘れていたらしい。慌てて手紙の横にシャープペンシルを置くと、自分のスマートフォンを取った。  表示されている名前は、“八尾塁(やおるい)”。 「も、もしもし、塁っ!?」  その名前を見るだけで、さっきまで溜めてぶちまけていた憎悪が一気に霧散していく。こんな汚い自分など、塁にだけは知られたくない。けれどそれ以上に、塁の名前を見るだけで、声を聞くだけで、暗い気持ちがすっと溶けていくのも事実なのだ。  中学までのクラスメートで、遠い親戚でもある塁。私が父の転勤で引っ越すことになり、高校は別々になってしまったが、人間関係で悩みがちな私を気遣ってよく電話をかけてきてくれるのである。クラスメートというより、どこか兄のような人でもあった。 『ぶ、どうしたよ。声ひっくり返ってるぞ。何かあったのか?』  慌てた私の動揺を察してか、塁は電話の向こうでころころ笑う。 『メール見たぞ。なんかイライラしてるっぽかったから心配したんだ。学校で何かあったのか?文化祭の準備、本当に大変みたいだけど』 「う、うん、まあね。三年生なのにお化け屋敷なんてやることになったから、みんなバッタバタしてて忙しくて」 『そうか。勉強もそれ以外も本当に大変なんだな。無理するなよ。たまには息抜きするのも必要だろ。なんなら今度また遊びに行くか?芽衣子(めいこ)秋一(しゅういち)もそろそろ会いたがってるしさ』 「ありがとう。みんなも元気なんだね……」  大好きな妹分と弟分の名前が出てきて、ついつい涙が滲みそうになる。クラスでは嫌なことばかりだったが、自分は本当に家族と親戚には恵まれた。時々遠出をして彼らに会いにいく時間が、自分にとってどれほどの宝物で――得難いものであったことか。  そして、本当は。塁のことは親戚でも兄でもなくて。もっともっと、特別なところにいて欲しいと願う存在で。 「……うん、そうだね。じゃあ、また今度遊ぼう。頑張って時間空ける。また連絡するね」  自分も受験生なのに、私のために一生懸命時間を作ってくれる塁。その顔を思い出すたび、声を聞くたび、私の胸は締め付けられるように苦しくなるのだ。  嬉しい気持と、同じだけ――申し訳ない気持ちで、いっぱいで。 『おう。待ってる。じゃあな、茉莉花』  ツー、ツー、と切れる電話。暫くその画面を見つめて、まだ優しい声が残るスマートフォンを抱きしめて。  私は少しだけ泣いた後、再び机に向かった。
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