◆新しいはじまり

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◆新しいはじまり

あれから1年がたった。 私は杏和女子短大に合格して、今日が最初のオリエンテーションの日。 私は案内に示されたF棟3階のオーディトリアムと書かれた部屋に入って行った。 すでに半数以上の学生が到着していて、パンフレットを眺めていたり、友達とささやきあっていた。私は後ろの方の席に陣取って、始まるのを待った。専門学校に近い女子短大というだけあって、来ている娘達はわりと個性的な娘が多いような気がする。今回も、一応気づかれないように、ほとんどすっぴん、伊達メガネといういでたちで、服装も地味目のニットにジーンズにした。 ほどなくしてオリエンテーションが始まった。水を打ったように静かになった教室に、案内の女性の声だけが響く。学校のプロモーションビデオ。あ、この出ている人、見たことある。確か別の大手の事務所に所属していた人だ。ふぅん、そこの制作なんだ。 そんな見方をするようになって、私もずいぶん業界の人になったなぁ、なんて思った。 オリエンテーションの最後に、学生証を配る・・・オリエンテーション担当の妙齢の女性が順に名前を呼んでいった。 「・・・かみやさーん・・・あら、いないのかしら・・・かみやみくさーん・・・」 「はい、私だと思いますが、「かみや」ではなく、「こうや」と読みます」 あら、珍しい。神谷と書いてこうやって読むんだ。あの娘、背高い。私より高い人ってモデル業界では珍しくないけど、こういうところで私より高い娘って・・・ 「小林さん・・・」 「はい」学生証を受け取った。 よし、今日はこれで終わり。 「たかのさーん、たかのあかねさーん」 「はい。私だと思いますが、たかのと書いて、こうやと読みます」 あれ?さっきと同じだけど字が違うんだ。こんな偶然ってあるのね。あの娘、うわ、日本人形みたい。 「やまざきさーん」「はぁい」 うわ、アニメ声。また、可愛らしい娘がいたものね。いわゆる、ゆるふわ系って感じ?そう思っているうちに、すでに何人かは帰り始めていた。私も帰ろっと。 と、バターン、と音がしてキャーっという声が前の方から聞こえた。あ、さっきの背の高い娘、倒れた?「みくー、みくー・・・」アニメ声が聞こえる。 「すいません、担架、おねがいします」日本人形の透き通った声がした。 「はい、ちょっと待ってて」あわててオリエンテーションをやった女性が教室の外に出て行く。ちょっと心配なので、そのまま見守っていた。じきに、男性職員と思しき人が、担架を持って入ってきた。 「すいません、こっちです」「はい、下がってください」「脈は?・・・大丈夫」「よし担架に移すぞ・・・足のほうお願い。すいません、そこの人、横から腰のところ持ち上げてもらえるかい?」「はい」 ふーん、日本人形ちゃん、すごいテキパキ動いてる。 アニメちゃんは、おろおろしてるだけ。 というか、心配しすぎてパニクって感じ? ようやく男性職員さんたちが担架をかかえて運び出して行った。 後には、他の娘達がわずかにざわざわしながら噂したり、関係ないわという感じで帰って行ったりしていた。 このままここに残っていてもしょうがないので、私もとりあえず帰ることにした。帰り際、オリエンテーションのパンフに載っている地図を頼りに校内を少し見て回ることにした。 いくつかの棟が渡り廊下でつながっており、真ん中に中庭、そこには木が何本か立っており、春の青葉が全体を覆っていた。 食堂に続くであろう廊下を渡ってみる。食堂は平屋になっており、その向こうに事務棟がある、というように書かれていた。 「なんだか、落ち着いた雰囲気・・・街の中とは思えないな」 そう一人で呟いてみた。食堂に入ってみると、ここの学生だろうか、座っておしゃべりをしている人影が数人見えた。とりあえず今日はざっと見るだけにしておこう。そう思って、食堂から事務棟へ続く廊下に出た。そこから突き当りを右に曲がれば、また正面玄関に出れる。 私は、とりあえずざっと見て回れたので、そのまま帰ろうとして曲がり角を右に行こうとした矢先、左の事務棟の方から小走りに来た人とぶつかりそうになった。 「あ・・・すいません・・・」 「あっ・・・こちらこそごめんなさい・・・」 そう言って上げた顔はなんだか嬉しさを隠しきれない様子で、頬を赤らめた黒髪の女性だった。日本人形・・・ああ、確か「こうや」って言って名乗った娘だ・・・倒れた娘と一緒に出て行ったんじゃなかったのかな?それにしても・・・ 日本人形ちゃんは、すぐにうつむいてそそくさと正面玄関の方へ小走りに行ってしまった。
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