魔王と勇者の問答

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魔王と勇者の問答

 全身を鎧で包んだ勇者が座り込んだ魔王に剣を突き付ける。 「私があなたを嫌いな理由は、あなたが魔王だからだ。」 それ以上も以下もない。そして、それ以外に必要もないだろう。もう立ち上がる力も残っていない魔王を勇者は見下ろす。 「さっさと止めを刺せばいいだろう。」 魔王がボロボロになった状態で勇者を睨む。勇者はそんな魔王に淡々と言った。 「あなたに質問がある。」 この状態で一体何を。怪訝に思う魔王に勇者は言った。 「あなたはどうして、あなたを嫌いなんだ?」 魔王はその言葉に目を見開いた。勇者は目をそらさず、質問を繰り返す。 「答えてくれ。あなたが、あなたを嫌いな理由を。」 魔王は唇を噛んだ。まさかバレているとは思わなかったのだ。魔王が魔王自身を嫌い、どこか自棄になりながらこの戦いに挑んだことを。 「俺は、最悪な魔王だから。」 魔王はそう言って口を開いた。 魔王は人間界と小競り合いを繰り返しながらもなんとかどうにか魔界を治めていた。そんなある時。 「魔界で人間の赤ん坊が見つかりましたー!!」 「なんでだ?!」 誰が捨てたのか何なのか魔界の結構奥の方で人間の赤ん坊が見つかったのだ。それは人間の女の子だった。魔王の配下の多くはドラゴンや鋭い爪の魔物が多く魔王自らが面倒を見る羽目になった。 魔王はため息をつきながら自身の爪を切り、赤ん坊に傷をつけないように世話をした。人間を食べるような魔物は魔王城にはいなかったし、魔物が人間のところに行って赤ん坊を託すわけにもいかなかったのでこれしか選択肢がないと魔王は思ったのだ。 「え?人間の子供って可愛くない?」 いつの間にやらすくすく育ち一人でよちよち歩くようになった幼女を見て魔王は思う。少し離れると魔王の元めがけてよちよち歩いてくるのとかすごく可愛い。口元に手を当てながら内心で悶えていた。魔王以外の魔物の一部も幼女の結構なファンだった。皆で人間に化けたり、人間に近い姿のものが町に行っておもちゃや洋服を買い与えた。出来るのなら最初からやれと思ったがどうやら皆少女のために修得したらしい。 人間には教育も大切なのだという話になり、少女に皆で魔法や剣術も教えた。絵本の代わりに魔導書を読んで育ったせいか少女は自然に強力な魔法が使えるようになった。人間だけど魔物といっても疑われないくらい強くなった少女。魔王も魔物もそんな彼女の成長を喜び、ずっとずっと一緒にいるつもりだったから何も気にしなかった。  異常が出たのは魔王だった。最初は気のせいかと思った。次に病を疑った。それから自覚してしまった。少女が年を重ね10代後半くらいになった頃から、少女を見ると動悸と息切れの症状が出始めたのだ。魔物も少女ももちろん心配した。しかし自覚した魔王は自己嫌悪に陥って仕方がなかった。 (ありえない。自分で育てた人間の女の子に恋をするとか意味不明。意味不明だろ?!え?なに?これって何かの拍子に恋愛関係とかになったら、稀によく見る小さい子供を自分好みに育てるとかそういう系の最悪な男なのでは?!あ、やばい。俺権力持ってるし、だって魔王だし、力もあるよな、だって魔王だし!!) 魔王はそうして膝をついて自分は最悪な魔王だと打ちひしがれた。そもそも少女は魔王からしたら眩しくてキラキラしている存在だった。そんな彼女の近くにこんな自分が居ていいのだろうか。いや、良くない!!そうして思いたった魔王は少女を魔王城から人間界へ追放した。 「ちょ?!は?どういうこと?!魔王!」 そう言う少女を強制転送した。多分人間の中でも結構強いし、人間界でなら一人でも生きていけるさ。 そう、強く、生きろ。 そう思って魔王は涙を拭きながら少女を人間界へ送った。しかし魔王の少女を想う症状は治まらない。国は治められるのに感情をおさめられないとはどういうことか。 (こんな俺は勇者に退治されるべきだ!!) 魔王はそう思って勇者に倒されるように色々仕向けたのだ。  そうしてその結果が目の前にある。目の前で自分に剣を向け、止めを刺そうとする全身鎧の勇者。これこそが報いなのだと魔王は静かに目を閉じる。 「もう良いだろう。さっさと止めを刺せ。」 けれど、剣は動かない。何故? そう思って目を開けば勇者がその重そうな鎧の頭の部分を脱ぐところだった。 「は……。」 思わず間抜けに口を開けてしまう。鎧を脱いだことにより、さらりと美しい髪が流れる。そうして勇者は鎧なしで魔王を見つめた。 「やっとわかった。あなたが私を追放した理由。」 そう、そこにいたのは魔王が追放した彼女だったのだ。 「な、なんで?!」 「私はすごく不安だった。何かあなたにしてしまったんじゃないかと。もう一度あなたに会いたくて色々頑張った。」 彼女は剣を捨てて魔王の手を取った。 「あなたはこんなにいい魔物なのに、何故か討伐命令が出てるし!焦って私も勇者になった。それで旅の間に気が付いたの。あなたはあなたが嫌いなんだって。」 彼女は数年会っていなかった間に、美しい女性になっていた。魔王が顔を赤くして緊張で固まってしまうくらいには。 「あなたがあなたを嫌いな理由はわかった。でもそれは罪じゃない。だって―――――私も、あなたが好きだから。」 彼女は頬を微かに染めながらまっすぐに魔王にそう言った。 「は?!」 勇者は魔王の反応を見て笑った。 「私は悪い魔王を倒したと思わないか?」 「え?」 「私があなたが嫌いな理由はあなたが魔王だから以外にはない。そして魔王が倒されたという事にすればあなたはもう魔王じゃない。」 ハチャメチャな理論が展開されていく。正直意味が分からず魔王は理解が遅れた。 「魔王を倒したら、勇者も必要なくなる。」 勇者が両手で魔王の手のをギュッと握る。 「そうしたら、ここにいるのは1人の魔物と1人の人間だけ。広い世界でそんな二人が結ばれたって、構わないでしょう?」 そう言って自信満々に笑う勇者は、確かに魔王をも救う、世界で唯一魔王に完全に勝てる勇者だった。
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