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「全く……。あなたという人は……」
美月の深いため息が、病室に差し込む柔らかな陽光を揺らした。
あの日、待ち合わせのファミレスに向かう途中、前から来た自転車を交わそうとした陽太は、側溝に足を取られ、そのまま落下し、左足首を骨折したのだ。
カッコつけてターンをプラスしたことは、もちろん美月には内緒である。
「ご友人の方が香典袋を購入されたから、私、てっきり……」
陽太の友人だという喪服の青年は、ちょうど別件で通夜に向かう途中だったそうだ。
香典袋を買うのに、わざわざ少し離れたそのコンビニを選んだのは、陽太が入院したことを美月に知らせる為だった。
ただ単に、陽太をここまで振り回す女に、少なからず興味があっただけなのかも知れないが。
「よりによって、香典袋とはねぇ……。そりゃあ、勘違いするよねぇ」
呑気に笑う陽太の左足を思いっきり蹴り飛ばしたい衝動に駆られ、美月は拳を握りしめた。
「ええっとぉ……。お見舞いに来てくれたってことは、少しは俺の事……」
「嫌いです」
「ええぇぇ?」
にやけ顔から一転、陽太の表情は、叱られた子供のように泣き顔へと変わる。
「私がどれだけ心配したか……」
「へっ?」
今度は間抜け顔だ。
百面相のようにコロコロ変わるその顔を、美月はキッと睨みつけた。
「もうっ! あなたなんて、大っ嫌いです!」
「そんなぁ……」
ぷいっと横に向けられた美月の顔が、みるみる赤く染まっていく。
どうやら今日の『嫌い』は、今までとは少し、違うみたいだ。
愛らしいその横顔に、陽太はそっと、笑みをこぼした……。
(了)
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